3年前の3月11日の午後、ぼくは東京にいた。①

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3年前の今日3月11日の午後、ぼくは東京にいた。

4月からベトナムで働いてもらうことになっていた
日本人スタッフの最終面接のため、
この時期に合わせて日本出張を組んでいた。
いつものごとく、ベトナム-福岡便で週末に実家に戻り、
月曜日から東の方面へ客先を回りながら、
最終目的地の東京を目指した。
3月11日の朝は大阪で迎えた。
そこから、静岡へ。
中国からベトナムへ下着の生産シフトを考えている
メーカーから相談を受け、話を伺いに行った。
午前中、静岡での仕事を終え、11時過ぎの新幹線に乗って
ちょうど金曜日の昼頃、東京に着いた。
東京では、当の新人スタッフの面接を翌日の土曜日に組んであるほかは、
金曜日に取引先2件に挨拶がてら伺うだけの予定だった。
だが、ちょうどその頃、大阪の取引先と
ベトナムでの生産スペース確保のための
工場との契約手続きを進行中で、
その内容につき、手直しを急ぐとのことで
東京に着いてから、その作業に時間を取られた。
銀行に行って、それから客先にも行くアポイントがあった。
だが、結果的にはこれが幸いした。
作業でやっとのことで終え、新宿のホテルを出て、
西口の取引銀行に向かったのは2時半を過ぎたころ。
アポイントは遅れていた。
新宿西口の銀行の建物に入ろうとした瞬間、
只ならぬどよめきとともに、自分の身体が宙に浮いて、
ふっとばされそうな感覚に襲われた。
一瞬、何が起こったのかわからない。
空を仰ぎ見ると、頑丈なはずの高層ビルの群れが、
鉛筆の端っこ摘んで、くゆらせたかのように、揺れている。
立っているのがやっとだった。
この眼の前のビルが折れたらどうしよう?
逃れられないな。
それなら、外に逃げるのではなくて、
この銀行の建物の中に入ってしまったほうが安全だろう、
ビルごと崩壊するなら、どちらにせよ生き延びる道はない。
あの瞬間、概ね、そんなことを考えていた。
初めて体験する規模の地震だった。
最初の大きな振動が若干収まってからも
振動の波は寄せ続ける。
それから、少しして、
これはどうやら大きな地震なのだということをやっと感じ取った。

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