かつてはクイズ王でした

AMAZONの「聴く」本=オーディオブックを試してみた

三が日は明けたが、ベトナムは新暦の正月明けても、すぐに本番の旧正月がやって来る。
読書にはちょうどいい時期だ。
 

Amazonが『オーディオブック』を発売

ちょうどそこへAmazonが『オーディオブック』=音声本を展開しはじめた。
「読む」本ではなく、「聴く」本というわけだ。
 
私も50過ぎて、目が疲れやすくなってきたところだし、目の疲れない「聴く」本は渡りに船の感がある。
 
それに、2年くらい前にベトナムに遊びにきた友人が土産で持ってきてくれたワイヤレスイヤホンが活躍する出番でもある。(部屋で独りで聴く分にはイヤホンは不要だが)
 
いつまでかは知らないが、とりあえず当面は新サービスの無料お試し期間なので、試してみた。
 

 

 

ハードボイルド小説の名作を原文で楽しむ

どのような作品が発売されているかは、後程、いくつかご紹介するが、私の場合は学生時代に好きだったハードボイルド小説の名作「長いお別れ」(レイモンド・チャンドラー著)の原作を英語の聞き取り練習がてら試してみることにした。

正直なところ、初めは朗読のスピードについていけなかったので、同じ箇所を繰り返して聴いていた。英語はリズムが大切だから。

 
この小説は、「源氏物語」を意識したのかどうかしらんが、53章もあって、目次を見ると、章ごとの所要時間が明示されている。
だから、そのときの時間の都合に合わせて、途中で中止もしやすい。
 
100%のスピードにはついていけないとわかって、途中でスピード調整し、85%まで落としてみた。
 
オーディオブック

朗読のスピードは調整可能

 
スピードを変えてみても、朗読は明瞭に聞こえるし、何ら違和感ない。
当然ながら、ゆっくり読んでもらえると聞き取りやすい。
これで、大方は聞き取れる。
 
 

『長いお別れ』の名場面

第4章の冒頭で、私立探偵フィリップ・マーロウがテリー・レノック8スと、夕方まだ早い時間からバー・カウンターで語らう場面。
 
開いたばかりのバーが好きなのはテリー・レノックスだけではない。そこで彼が吐く粋なセリフには世界中の酒飲みが賛同するだろう。
 
“I like bars just after they open for the evening. When the air inside is still
cool and clean and everything is shiny and the barkeep is giving himself
that last look in the mirror to see if his tie is straight and his hair is smooth.
I like the neat bottles on the bar back and the lovely shining glasses and the anticipation. I like to watch the man mix the first one of the evening and put it down on a crisp mat and put the little folded napkin beside it.
I like to taste it slowly. The first quiet drink of the evening in a quiet bar ― that’s wonderful.”
 
英文の字面もいいが、Ray Porterという俳優の語り口も抜群だ。
 
R・チャンドラーの小説をほとんどを手掛けた清水俊二さんの翻訳だとこの通り。僕らの世代は皆、清水節のチャンドラーで育っている。
 
「ぼくは店をあけたばかりのバーが好きなんだ。店の中の空気がまだきれいで、
冷たくて、何もかもぴかぴか<「ぴかぴか」に傍点>に光っていて、
バーテンが鏡に向かって、ネクタイがまがっていないか、髪が乱れていないかを確かめている。
酒のびんがきれいにならび、グラスが美しく光って、客を待っている
バーテンがその晩の最初の一杯をふって、きれいなマットの上におき、折りたたんだ小さなナプキンをそえる。それをゆっくり味わう。
静かなバーでの最初の静かな一杯―こんなすばらしいものはないぜ」
 
これに続いて、レノックスがアルコールについて語る言葉もまたいい。
 
“Alcohol is like love,” he said. “The first kiss is magic,
the second is intimate, the third is routine.
After that you take the girl’s clothes off.”
 
これが清水俊二訳だと:
 
「アルコールは恋愛のようなもんだね」と彼はいった。
「最初のキスには魔力がある。二度目はずっとしたくなる。三度目はもう
感激がない。それからは女の服を脱がせるだけだ」
 
村上春樹も「長いお別れ」をずいぶん読み込み、自ら新訳を発表している。
 
その村上春樹訳では:
 
「アルコールは恋に似ている」と彼は言った。
「最初のキスは魔法のようだ。二度目で心を通わせる。そして三度目は
決まりごとになる。あとはただ相手の服を脱がせるだけだ」
 

さて、作品のラインナップはいかに…

さて、その他の作品のラインナップを紹介しておこう。
 
私は最初に英語の本を選んだが、大半は日本語の本なので安心してほしい。
 
話題の本も入っていて、どれも興味深い。
 
 
サピエンス全史 上
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サピエンス全史 下
https://amzn.to/2QP8Jph
 
Yuval Noah Harari
Sapiens: A Brief History of Humankind (English Edition)
話題の書の原語版。英語の学習用に
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21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考
ユヴァル・ノア・ハラリ (著) 柴田 裕之 (著) 家中 宏 (ナレーション)
https://amzn.to/2sQ1fds
 
自分を操る超集中力
メンタリストDaiGo (著) 橋本 信明 (ナレーション) Audible Studios (制作)
 
DaiGoという芸能人をよくは知らないのだが、最近はYou Tubeで見るようになった。
話題の本のようで、ちょうどYou Tubeみたいだし、ちょっと聞いてみるかと。
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たった4時間でどんな相手とでも英語が話せる6つのルール
奥村 美里 (著) 手島 里華 (ナレーション) Audible Studios (制作)
https://amzn.to/2SSpAtT
 
多動力
堀江 貴文 (著) 片山 公輔 (ナレーション) Audible Studios/幻冬舎 (制作)
最近はYou Tubeをよく見てて、ホリエモンも私の中ではYou Tubeの人。You Tubeの人の音声本はすんなり入ってくる。
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お金2.0 新しい経済のルールと生き方
佐藤 航陽 (著) 佐藤 友紀 (ナレーション) Audible Studios/幻冬舎 (制作)
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世界のエリートがやっている 最高の休息法――「脳科学×瞑想」で集中力が高まる
久賀谷 亮 (著) 小桧山 崇 (ナレーション) Audible Studios (制作)
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史上最強の哲学入門
飲茶 (著) 白井 悠介 (ナレーション) Audible Studios(制作)
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三国志 01
吉川 英治 (著) 後藤 敦 (ナレーション) Audible Studios(制作)
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新年

あけましておめでとうございます

 

2018年の正月はサイゴンの中心で迎えた。

 

街中バイクの波で動けないし、車もバイタクも捕まえようがなくて、結局、歩いて家まで帰ったよ。

ツイートに「いいね」がたくさんついている。 皆さん、ほんとにありがとう。

中には、こういう人もいるのでちょっと説明しておこう。

時は1989年9月27日。第13回アメリカ横断ウルトラクイズの準決勝ボルティモアでのこと。

もう30年近く前のことなのに、一言つぶやくだけで皆さんが思い出してくれる。

 




わが心のボルティモア

昨年、1989年の第13回ウルトラクイズの記憶をたどった26年前日記を公開してから、ぼくの思い出の奥底にあったものが再びよろよろとはばたきだした。

あのころ、クイズにかけた情熱。

それは、年末に開催されたマン・オブ・シニアで少しだけ蘇ってきた。

懐かしい友達との同窓会では、でも、久しぶりにしっかりとクイズを楽しんだ。ぼく自身は予選で敗退したのだけど。

 

1989年9月27日ボルティモア決戦

今でも多くの人たちが記憶にとどめてくれている第13回アメリカ横断ウルトラクイズのボルティモアの準決勝。

 

 

ぼくはこの番組に出場した当事者だったのだ。今からもう27年も昔のことだ。

 

結局、勝負では負けてしまったが、大舞台で神経をピリピリさせながら、ボタンを押すのは実に楽しかった。

通せんぼクイズのルールが見事に決まって、誰がお立ち台に立っても潰されて、一から出直しという過程を繰り返した。

優勝した長戸とは、学生時代、何度も夜通しで早押しクイズを楽しんだ仲だったが、まさかウルトラクイズの準決勝の大舞台でそんな姿を全国のテレビ視聴者の皆さんに見せられるとは思いもしていなかった。

でも、それが現実になったのだ、しかも、最高のパフォーマンスの形で。

そして、多くの人たちの記憶にボルティモアはウルトラクイズ最大の激戦地として記されたのだ。

 

 

記録をたどってみると…

そのボルティモアで一緒に負けて帰ってきたたー兄こと田川さんの記録によれば、あのときぼくたちがボルティモアにいた時間は24時間もない。

26日午後に前のチェックポイントであるメンフィスを飛び立ち、昼過ぎにワシントンのダレス空港に着いて、ボルティモアのホテルにチェックインしたのは16時。

ホテルを出て、皆でハンバーガーを食べ、夕食はトメさんとの会食。

翌27日は朝2時間近くの長丁場の勝負が終わって、13時にはダレス空港に着いている。

勝負が決着する瞬間まで緊張の連続で、ボルティモアにいたのかどこにいたのかわからないというのが実感だ。

 

ボルティモアってどんな町?

改めてボルティモアがどんな町なのかを調べてみると、なかなか魅力的な町らしい。

ボルチモアの名前はメリーランド植民地の建設の立役者であるアイルランド貴族院議員の第2代ボルティモア男爵、シラス・カルバートCecilius Calvert, 2nd Baron Baltimore)に由来する。爵位の名の由来のなった「ボルティモア」はアイルランドの南部にあるコーク州にある都市「ボルティモア (Baltimore, County Cork)に由来し、これはアイルランド語で「大きな家の町」を意味する「バイレ・アン・ティー・モーイル(Baile an Tí Mhóir)」が英語風に変わったものである。

町の名前はアイルランド語から来ているというわけだ。

クイズの決戦会場となったマクヘンリー要塞があるくらいだし、歴史的な建築物は多い。

古い街並みだけはなんとなく僕の記憶にもある。

カニが名物ならば、是非カニを食いにボルティモアに行きたいものだ。

そして、ボルティモアでカニを食った後には、27年前に行きそこなったニューヨークにも是非とも。

このささやかな夢が叶わんことを!

 

第9回史上最強のクイズ王で西村を追い詰めた男–長束恭行

交遊録に入れるには年が下過ぎて、あんまり仲良く付き合った記憶はないのだが、そこはクイズ界、テレビ画面越しに活躍する姿を見ていると、初対面でも以前からの知り合いのように話せてしまう仲。

HCMCに遊びに来たという長束恭行と先週末一緒にメシを喰った。

Nagatsuka Yasuyuki

カテゴリはちょっと違う気もするが、「ああ言えば交遊録」というタイトルにはうまくあてはまりそうな人物なので(失礼)、番外編として入れておくとする。

まず、Wikipediaから長束の経歴を抜粋する。

長束 恭行(ながつか やすゆき、1973年1月9日 – 血液型O型)は、日本の愛知県出身のクイズ挑戦者、スポーツライターである。現在はリトアニア在住。

高校時代から視聴者参加型クイズ番組に多く出場し、同志社大学経済学部在学中にクイズ研究会を設立。特に『史上最強のクイズ王決定戦』(TBS)の第9回大会における西村顕治との早押しクイズでの激闘が有名。クイズ大会の優勝歴には、1992年に行われた日本学生クイズ連盟主催のオープン大会『第10回マン・オブ・ザ・イヤー』がある。

東海銀行(現・三菱東京UFJ銀行)行員時代の1997年クロアチアで行われたUEFAチャンピオンズリーグの試合を見たことでサッカーに対する感銘を覚える。その後スポーツライターとしてクロアチアと日本を往復する生活を繰り返し、2001年から同国首都・ザグレブ在住となる。ザグレブ大学クロアチア語コースを修了。

ザグレブ在住となった時から現地のスポーツ専門サイトのカメラマンとして活動するほか、サッカー雑誌の記事執筆、やべっちFC~日本サッカー応援宣言~テレビ朝日)のクロアチア代表偵察要員としての出演など、多方面で活躍。

2011年より、生活の拠点をクロアチアからリトアニアへと移した

私より7才年下なので、直接会った記憶はないのだが、彼の話だと、私と稲川さんが呼び掛け人として興した名古屋の社会人クイズサークル「どえりゃあもんくらぶ」に高校生の時から出入りしていたという。

 

第13回ウルトラクイズ後に私に会っていると長束は言うのだが、私は例によって記憶が定かでない。

ウルトラ以降で名古屋に寄る機会はなさそうなものだが、仲野隆也主催の企画があって会っていると長束が言うのだから、きっとそうなのだろう。

他で言えば、直接顔を合わせたのはFNSの第2回と第3回らしい。その頃は、彼もまだ若くて、上位に入賞できなかったころなので、正直のところ、私の記憶にはあまり残っていない。

ただし、彼は私の獲れなかった学生日本一「マン・オブ・ザ・イヤー」のタイトルを獲っているし、「第6回FNS」準優勝や「第9回史上最強のクイズ王」での西村との差しの早押しでの激闘など、クイズの経歴からすれば、私を遥かに凌駕している。

テレビの視聴者参加クイズ番組がなくなってしまい、マニアばかりが集まる競技大会での難問クイズの路線を敷いたのが彼だという。

 

ともに海外在住ということで、ツイッターなどで以前から話をしていたが、今回は都合よく彼がベトナムに来てくれ、一緒にメシでも喰おうということになった。

彼はクロアチア在住時代に通訳兼サッカージャーナリストに転職し、現在に至っている。

だが、サッカージャーナリストなってからも、クイズへの情熱は変わらず、ときにクイズ界に辛辣な意見を述べたりしている。

 

まあ、昔を振り返ると話したいことは今でもあって、私と彼との接点といえば、名古屋の「どれりゃあもんくらぶ」だったり、はたまた「史上最強」での悔しい思いだったり、師匠筋の近況の話だったりする。

住んでいるところに、ロクな日本食レストランがないらしく、ベトナムに来る前に寿司が食べたいというリクエストがあったので、それに答えて、食事はリーズナブルな寿司屋にした。

実は、昨年のマン・オブ・シニアの後で、岐阜で稲川さんも交えて、3人で会おうかと話し合ったのだが、結局、都合が合わず、お流れになっていた。

でも、そう言えば、なぜか稲川さんの話で盛り上がることはなかったなあ。

まあ、いいか。

 

27年前にウルトラクイズで答えた「タックスヘイブン」が…

パナマの法律事務所「モサック・フォンセカ」から流出した、いわゆる「パナマ文書」の問題で世界中が騒然となっている。パナマという「タックス・ヘイブン(租税回避地)」を利用して、大企業や大富豪らが課税を逃れていたという証拠の文書だからだ。

 

27年前の準決勝ボルティモアで答えた問題

そうした本質的な問題はさておき、27年前にウルトラクイズで準決勝ボルティモアまで勝ち進んだ際に、ちょうどこれに関する問題が出て、僕が正解を答えていた。

You Tubeで見返してみたが、我ながら、まあ、なかなかのいいところでボタンを押していたように思う。

 

ツイッター上で大反響

で、これが当時の視聴者の皆さんの記憶にも残っていて、ツイッター上で予想以上に多くの反応があったのには驚きを禁じ得なかった。

 

時事ネタ絡みだし…

まさにお祭り状態。それにしても、27年前だよ。

ホットな時事ネタ絡みとはいえ、みんな、よく憶えてくれているね。

これだけの話題なら、萩原津年武さんのブログでも採り上げられるかも。

それにしても、これだけたくさんの人に記憶に残っているというのは、いかにウルトラクイズが凄い番組だったかということだろうね。

  

 

1年ぶりのテレビ出演にファンともども興奮!

TV東京「イチゲンさん」

誕生日でのお祭り騒ぎも醒めやらぬ中、いよいよ年末に行われた「マンオブシニア」がテレビ放映される日がやってきた。

となると、やはり「帰れTシャツ」も再登場か!

ようやく今頃になって「帰れTシャツ」の意味がわかった若者もいる。若者といっても30代かひょっとして40代かもしれないが。

うれしいこと言ってくれるのはTシャツのデザイナーさん。

「帰れTシャツ」を着て、テレビ観戦している人に写真アップをお願いしてみた。すると…

こんなことで喜んでもらえてサイコー!

そして、いよいよ番組に登場。

おしゃけさん、ありがとう。こういうよくわかっている子のツイートに「いいね」♡つけたった。

だけども、予選の結果は…

テレビ東京「イチゲンさん」

テレビ東京「イチゲンさん」

 

クイズ研究会を題材にした漫画「ナナマルサンバツ」の作者・杉基イクラ先生からもツイートが。

期待に応えられずゴメンナサイ。

長戸帰れー!秋利帰れー!

知り合いからも突然ツイートが来たり。

そして、放映終了。

放映終わっても、興奮醒めやらぬファンの方も。

見逃しちゃった人は残念。

番組の感想をしっかり書いてツイートしてくださった方もいる。 クイズファンの期待に応えられてテレビ東京のスタッフの方々もうれしいのでは。

さらに、翌日になって…

寝ても覚めても、醒めやらない方には、是非これを!

まだまだ遅くないですよ、「帰れTシャツ」をほしい方はAMAZONでぽちっとやってくださいな。

それから、「帰れTシャツ」をお買い上げの皆さんは、AMAZONのカスタマーレビューへの書き込みも宜しく。

 

私の50歳の誕生日は「帰れTシャツ」祭りと化した

ホーおじさんと記念撮影

昨日はクイズファンの皆さんのおかげで楽しい50歳の誕生日を迎えることができました。

写真やメッセージを送ってくださった皆さん、

ありがとうございます。

DMやFBでもいただいたメッセージもあるのですが、twitterのタイムラインで「帰れTシャツ」を着てのお祝いを呼び掛けてもらったので、それを中心にブログに残して記念とさせていただきます。

呼びかけ人の一人qandaさんはわざわざ東京ドームまで行ってTシャツ姿を記念撮影。

よく見ると、素肌に半袖。この寒いさなかに、ご苦労さんでした。 盟友どろかばくんからも熱いエールが届く。

どろかばくんからは誕おめメッセージまでいただきました。ありがとう。

他にも、いろんな方から。

販売はひとまず今月末までの予定です。 欲しい方はお早めにお求めください。

写真はなくても、ともかくお祝いのメッセージはありがたいものです。

マンオブシニアが取材を受けたテレビ東京の番組の宣伝もちょうどいい具合に。

みんな顔出しNGなのがちと残念。DMでは顔の見られる写真もいただいたのだけど、ここで紹介するわけにはいかないだろう。差し支えない方は連絡ください。あとから、追加します。

ウルトラクイズbotでは懐かしい場面の再現シーンも。

初めて出場したクイズ番組は第8回ウルトラクイズ。今から30年以上も昔の話です。一瞬にして泥に消える場面が私の最初のTVクイズ出演でした。 そして、皆さんもご存じの通り、第13回ウルトラのショットオーバーではこんなやり取りがありました。

「帰れTシャツ」のルーツを追いかけていくと、この場面にたどり着くわけです。

話題は一転して、この10日間ほどドル円相場は急降下。結果からすれば、歴史的な大暴落と言っても過言ではないでしょう。

とくに、昨日は114円台から始まったのに、いったん110円台まで下がり、その後、113円台まで跳ね上がったりと、ドル円相場までがバンジージャンプのごとくの動きをしました。

 

まだまだ遅くないですよ、「帰れTシャツ」をほしい方はAMAZONでぽちっとやってくださいな。

それから、「帰れTシャツ」をお買い上げの皆さんは、AMAZONのカスタマーレビューへの書き込みも宜しく。

 

1989年のボルティモアの闘いは永遠に忘れない–長戸勇人

長戸勇人

交遊録でこの男に触れぬ訳にはゆくまい。
今日のマンオブシニアの戦いの前に記しておこう。

ウルトラクイズで見ていただいたように僕は長戸と仲良しではない。(笑)
最近、メッセージをいただいたファンの方々の中には、放映当時まだ幼くて本当に仲が悪いと思っていて、今年初めの再放送を見て、友達だったんだと気づいた人もいたみたいだ。
仲良しではないというのは、冗談で、言ってみれば、良きライバルだったから。

Baltimore 4

80年代後半の学生クイズ界は完全に西高東低で、名大と立命館のトップが学生№1の時代だった。
仲野、加藤、長戸と86年から3年連続で両サークルからマンオブを制覇する者が出ているし、予選のペーパーは僕ら名大がトップのシード席をほぼ独占した。

関東の学生サークルはクイズから離れてお遊びのサークルと化していたが、彼らが70年代生まれを中心に巻き返すのは90年代初めの日本一決定戦ものからだ。

長戸の記憶では、僕との初対面の時の早押し対決で、7○3☓ルールのときに6-0から僕がひっくり返して勝ち、奴は自分よりも早押しで強い奴がいることに衝撃を受けたという。
以来、両サークルの交流と重なるように、ホノルルクラブの合宿などで僕たちは時々会って対決した。

だから、13回のウルトラクイズで彼も僕も予選を勝ち抜き、更にはオーストラリア、アメリカを残って、一緒に戦えたことを僕は心底喜んでいた。

決勝は長戸と戦って勝利したいと思っていた。彼はその前年のマンオブで優勝し、勢いがあったし、その彼を破ってこそ、文句なしの王座につけると思ったから。

ボルティモアの準決勝の前の晩、僕と長戸はホテルが同室で、夜遅くまで翌日の勝負への思いを語り合った。
「どうしても明日は勝つ」と。正確には「勝たなければならない」だし、「勝つ運命にある」だった。

長戸の言葉を拝借するが、ボルティモアの戦いはきっと神様が残しておいてくれたプレゼントなのだと思う。
僕や長戸のためだけでなくて、すべてのクイズファンのために。

Baltimore again

さて、今日はきっとまた、ボルティモアとは違った新たなドラマが生まれるぞ。

「TVクイズ大研究」は60年代生まれのバイブルだ–北川宣浩

ホーチミン市での北川宣浩氏

マンオブシニアの開催に因んでということで書き始めたこの交遊録で、マンオブシニアに参加できる60年代生まれの人を中心に書いてきたが、クイズ仲間の交遊録ということなら、やはり先輩方にも触れずには済ませられない。

ウルトラクイズがきっかけでクイズの道に入った僕にとって、クイズ人生の起点に位置し、かつ、クイズの師匠でもあるのが、北川宣浩氏だ。

北川氏は、ちょうど一回り上の世代で、第2回ウルトラクイズを初め、多くのクイズ番組で優勝されており、所謂「クイズ王」のはしり的な存在として知られている。
1981年に自らのクイズの勉強法を紹介した「TVクイズ大研究」は僕ら60年代生まれの世代のクイズマニアのバイブルとなった。

北川宣浩

これまで紹介した同世代のクイズ仲間はいずれもこの本をもとにクイズの勉強に励んできた。
僕らの世代のクイズ仲間はいずれも「北川チルドレン」と言っても過言ではなかろう。

僕は彼の「TVクイズ大研究」の中で書かれていた「クイズスターにファンレターを出すには」という項目を読んで、本の著者である北川氏自身に手紙を出したところ、ご丁寧に返信をいただいた。
以来、長年、手紙のやり取りでクイズの勉強についてアドバイスをいただいた。
そのころ、長戸勇人も同じように北川氏に手紙を書き、彼の家まで遊びに行ったと後日告白している。

当時はファンレターをもらう立場がどんなものか想像つかなかった。
ウルトラクイズに出て、ちょっとしたクイズスターになって、同じ立場に立つなんて驚きだし、そういう時の北川氏の対応のことを思い出し、できるだけ、手紙をいただいた方々には返事を書くようにしている。

最近ではSNSなどで簡単に直接連絡がとれる時代だ。当時の手紙をしたためていた時代とは隔世の感がある。

北川宣浩氏とHCMCにて

実は、昨年9月、ベトナムに来られるということで、事前にツイッターでご連絡をいただいた。
そして、来られた際にはホーチミン市をご案内・ご同行させてもらった。

クイズの会場などで何度かお会いしたことはあったのだが、丸々2日間じっくりお話したのはこのときが初めてだった。

 

北川氏はブログを毎日書かれていて、これがなかなか面白い。

イケてる、モノ・コト

また、ご自身のサイトには出版されたクイズ本や出演された番組の記録が写真入りでしっかりとまとめられている。クイズの好きな方は訪れてみて絶対に損のないサイトだ。

北川宣浩のホームページ

北川氏は旅行関係のお仕事をされているので、またベトナムへいらっしゃることを楽しみにしている。

アップダウンクイズで2度優勝した凄い昭和40年男–加藤実

加藤実

クレタという出版社が発行している「昭和40年男」という雑誌がある。
昭和40年4月から41年3月までの生まれの年代の男性をターゲットにした雑誌だが、僕などはその対象ズバリそのものだ。
僕に限らず、この年代はクイズの世界でも実に目立った年代のように思う。
ちょっと見渡しただけでも、長戸勇人、仲野隆也、斉藤喜徳、大江成人といった面々や、女性でも石野まゆみ、青木紀美江という顔ぶれが揃っている。
今回のマンオブシニアは60年代生まれと制限したが、その中でもまさしく中心世代と言えるのではないだろうか。

そして、もう一人忘れてはならない昭和40年男が加藤実だ。

彼は高校生のときにアップダウンクイズで長戸勇人と一緒に出て、優勝し、その後、大学に入ってからもさらにアップダウンで西村顕治と一緒に出て、やはり優勝している羨ましいやつだ。

加藤実

僕が羨ましがるのには理由がある。
クイズ番組の予選は合格通知がもらえても、「アタック25」のように必ずしも本番の番組に出場できるとはかぎらないケースがある一方で、当時のアップダウンクイズは合格通知がもらえれば、必ず出場できる番組として知られていた。そして、僕は大学1年のときに予選会で予選を受け、合格通知を手にしていた。
だが、出場できなかった。何故か? 
番組が終了してしまったからだ!
そういうこともあって、同年代の加藤のアップダウン2度出場、2度優勝は実に羨ましいのだ。

彼の記憶によれば、僕と加藤との出会いは、先の仲野の時にも紹介した東京でのトリビアルパスート日本選手権のようだが、僕にはまったく記憶がない。

彼とはクイズの仲間というよりも飲み仲間の印象が強くて、いっしょにクイズした記憶が非常に薄いという珍しいクイズ仲間だ。

僕の記憶がないので、これまた彼の記憶によると、1987年のマンオブでは準決勝で同じ組になったが彼に負けている(らしい)。そして、この年、彼はマンオブを制覇する。

彼は京都大学の学生だったが、クイズ研のなかった京大から立命館のRUQSに加盟して、RUQSで腕を磨いていた。
前回に紹介した稲川氏に会った当時、彼が長戸と加藤の後輩二人にはクイズの実力でまったくかなわないと言っていただけはよく憶えている。

だが、加藤とクイズをした記憶のほとんどはぶっ飛んでいて、僕が行きつけだった名古屋大学の近くのワインスナック「メルシャン」で髭のマスターあべちゃんを相手に一緒に飲んだ記憶だけが鮮明だ。

アップダウン2度優勝、マンオブ制覇の実力者が、90年代初めの日本一決定戦番組では知られた成績を残していないのは、すでに社会人生活に入ってクイズを引退していたためだろうか?

う~ん、記憶にないのだ。

加藤、これを読んでいたら、コメント欄にクイズの思い出話を書き綴って欲しい。よろしく。