26年前日記

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生涯で最も長い1日は続く–1989年9月19日

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長い一日の続き。

LAのホテルは、1929年の第1回アカデミー賞の授与式も行われたというハリウッド・ルーズベルト・ホテルのBill Welsh Suite。

夜な夜な、我々挑戦者がある一室に集まっているのをスタッフも知っているので、集合用の部屋として誂えてくれたのだろうか?

案の定、ディレクターの加藤就一さんとトメさんが我々の夜の談合を撮影にやってきた。

でも、結局、ここでの絵はオンエアで使われなかったということは、面白みに欠けてたということだろう。

この後、カメラを渡され、23時を過ぎて、ホテルの斜向かいにあるチャイニーズ・シアターに繰り出した。深夜だというのに、訪問客は絶えない。さすが、ハリウッドの名所だ。

長戸はスティーブ・マックイーンの手形で記念撮影。僕はハンフリー・ボガート。

彼の言葉がそばに刻まれている。「死なないでいてくれよ、オレが殺すまで」そっくりそのまま長戸に送ってやる。

この日の同室者はギャンブラー正木。疲れて、ぐっすり眠っていた。翌日、帰ることになるとも知らずに。

19890919-3

こうして僕らの1989年のウルトラクイズの旅はつづく。

 <お知らせ1>  ファンの皆様のご要望にお応えして、ショットオーバーの大声クイズをテーマに「帰れTシャツ」を作成、販売することになりました。現在、下記のサイトにてデザインを募集しています。デザインの腕に自身のある方は是非ご応募ください。
[ 「帰れTシャツ」デザイン募集のページ]

 <お知らせ2>  今年2015年の年末、東京でMan of the Year Seniorというクイズの大会及びパーティーを行うことになりました。これは私たちが学生時代に毎年年末に行われていた学生クイズ日本一決定戦のシニア版です。一般の方も見て楽しめる内容になると思います。 皆さん、是非お越しください。 開催日:2015年12月26日 開催場所:東京ウィメンズプラザ(渋谷区神宮前5-53-67) 詳細は公式サイトからどうぞ。FBページツイッターでも随時情報を発信しています。
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日付変更線を越えて、ニュージーランドからアメリカ本土へ–1989年9月19日

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1989年9月19日–これまで僕の生涯で一番長い日はきっとこの日だろう。なにしろ日付変更線を西から東に越えたのだから。

スローなこの日、午後、クライストチャーチからオークランドを経由して9月19日の20時前にニュージーランドを飛び立った。

19890919-1

完全移動日のこの日は食っては寝るの繰り返し。養鶏場のブロイラーの気持ちが少しだけ理解できたような気がした。

離陸したのは、ハワイのホノルル。9月19日午前6時前のことだ。終わったはずの9月19日がもう一度やってきたような錯覚に囚われる。

By: Edwin

LA行きのフライトを待つ間、空港の窓の外にはハワイの光景が。。。ちょっとくらい外に出たいなあ。だが、その願いは叶わない。窓越しに眺めるだけだ。いまだもって、僕のハワイ体験はこの窓越しに見える光景だけだ。淋しい。

ユナイテッド航空にてホノルルからLAへ。9時前に出発したのだが、到着した時には時計の針は17時を回っていた。

ユナイテッド航空はあまりよろしくなかったらしく、日記にはその不満が書き連ねてあった。 19890919-2 こうして僕らの1989年のウルトラクイズの旅はつづく。

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世界を駆け巡るウルトラクイズの知られざる一面とは–1989年9月18日

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この日はクイーンズタウンからクライストチャーチへの移動日。

翌日の9月19日にも今度は日付変更線を越え、ハワイ経由でアメリカ本土に上陸する。 19890918-1

だが、この日まで、オーストラリア、ニュージーランドという南半球を旅しながら、当時の僕ら若者には底知れぬ物足りなさ、一種の欠乏感が鬱屈していた。

それは何か?

オーストラリア、ニュージーランドを旅しているのだから、どこかで一度は羊肉を食べる機会くらいあるだろうと思っていたのだが、とうとうラムを喰わずじまいに空港のあるクライストチャーチへと向かっているのだ。

ウルトラクイズの知られざる一面の筆頭を挙げるなら、誰がなんと言おうと、日本食を中心としたアジア飯の旅という側面にある。実際に十数年の歴史において、クイズの旅で移動する地域は非常に広範囲なのだが、食生活文化の範囲はほとんどアジア圏と極めて限られているのだ。

我々の例をあげよう。

グアム:日本飯、ゴールドコースト:日本飯、モーリー:中華、ブルーマウンテン:日本飯、シドニー:韓国飯、クライストチャーチからクイーンズタウンへバス移動中の弁当:日本飯、クイーンズタウンのトメさんとの会食:日本食レストラン…

ネブラスカの片田舎に行った時、僕は電話帳をめくって、その日の晩飯の中華レストランの名前を的中させて、近ツリのツアコンの加藤さんに「なんで知ってるんだい?」と感心されてしまったくらいだ。

By: waferboard

それで、このニュージーランドの最終日は僕らは主張した。「ラムを喰わせろ!」と。

このシュプレヒコールに怖気づいてか、ツアコンの加藤さんは我々の要求をのんでくれ、この日、僕らは南半球最終日にして、とうとう念願の羊肉にありつけたのであった。パチパチ(拍手)。美人ウエイトレスJeudyさんの給仕で南半球の羊肉は格別の美味だった。 19890918-2

こうして僕らの1989年のウルトラクイズの旅はつづく。

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バンジージャンプを背景に「長戸帰れー!」「秋利帰れー!」–1989年9月17日

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クイーンズタウンでは連日のクイズ。

いよいよ土産物屋の日本人が言っていた名物の登場だ。

現場に着いて、回答席まで行くまでの間、目隠しをされ、スタッフに手を曳かれて行った。目隠しを解かれると、目の前にはトメさんが立っていて、そして、すぐ後を振り返るように促された。

百聞は一見に如かずとは、まさにこのこと。私たちの眼の前で、吊橋から人が谷底の川に向かって身を投げ出すのだから。

僕は高所恐怖症なので、万が一このクイズで負けていたら、恐怖のあまり、とんでもない醜態を晒したであろうと思うのだが、大声クイズで負けるとはつゆほども思っておらず、余裕の勝ち抜けだった。ホント言えば一抜けしたかったのだが。(結局、僕はウルトラの旅の中で一度も一抜けしていない。これはちょっと心残りだ)

僕と長戸はちょうど同い年の雑誌「昭和40年男」の世代で、同じようにウルトラクイズを見て、クイズを志すようになり、大学時代も何度も戦い、良きライバルだった。

当時、学生日本一を決定する「マン・オブ・ザ・イヤー」というチャンピオン大会が毎年12月に東京で開催されていた。

1986年には僕は予選1位で、準優勝(優勝は同じ名大の仲野隆也)。このとき、準決勝では、長戸、稲川(第11回ウルトラクイズ優勝)、鎌田の立命館三人衆を一纏めにして破った。 1988年のこの大会では長戸が優勝する。

このウルトラクイズの旅の間ライバルとして、特に、このショットオーバーでの僕と長戸の大声フレーズ「長戸帰れー!」「秋利帰れー!」は実に多くの人の記憶に残ることになるが、これはこのウルトラの旅の間だけでなく、実に長い因縁の歴史があったのだ。 ともかく、このときは長戸に先着して僕はご機嫌だった。 19890917

それにしても、このバンジージャンプ、1988年11月にニュージーランドのこの場所で始まったのをすぐさま翌年の9月にウルトラクイズが録画して11月に放映されたという。ウルトラスタッフの情報収集力の凄さにはお見事と言うしかない。

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ニュージーランドの憂鬱 強敵が復活し、紅一点が敗退 男だけの戦いに–1989年9月16日

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クイーンズタウンの休日を楽しんだ翌日は町から湖を挟んで向かいにあるマウントニコラス牧場でクイズ。

ここでようやく永田さん登場。

飛行機の機内で見かけたという情報もあって、きっと出てくるのだろうとは思っていたけれど、強敵だけに、姿を見ると、実はイヤーな気分。

実際、その後、永田さんはやたらめたらボタンを叩き、間違いを連発。それでも、ペナルティが重くないので、最終的には勝ち抜けるという戦法を採っていて、一緒にやっていて私も自分のペースが掴めないし、かなり鬱陶しかった。

1問3000円もかけて問題を作っているスタッフにも相当顰蹙を買っていた。言ってはなんだが、あの時はホント、疫病神だったなあ。

でも、オンエアを見ると、彼の不正解はそれほど映されていない。

一方で、僕は元来不正解するのは好きでないので、わからない問題は極力押さないし、問題文はポイントまで聞いて待つという「きれいな」早押しを心掛けていた。

それが何故かオンエアでは数少ない不正解のシーンが採り上げられている。 そのへんもちょっと納得いかない。

強敵永田さんがシドニーで負けた時は正直大喜びしたものだ。それがゾンビのように蘇ってきて、複雑な気持ちだった。

それで、この日のクイズでは結局アベ姉が負けてしまった。

この日の日記を読むと、僕と1対1の対決クイズの時には、通して(負けて)あげれば良かったと後で悔やんでいる。

でも、オンエアを見ると、勝負の問題も最後まで問題文を聞いているし、かなり自分の中で葛藤があったように今では思える。ボタンをわざと早く押さずに、正解を譲ることはできても、当の本人が正解を出せなければ、結局は勝てないのだから。

オンエアされたように、「頑張ってね」と声をかけるのが、精一杯の気遣いだったのだろう。

かくして、勝負は男だけ10人の闘いとなった。

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ニュージーランドに到着 クイーンズタウンへ移動–1989年9月15日

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ニュージーランドの南島に到着した。

クライストチャーチからはバスで夜通し走り、目覚めると、羊たちの草原が待っていた。

そこからもう少し先に行ったところにクイーンズタウンが待っていた。 2015-09-10 11.50.19

クイズの町クイー(ン)ズタウンとスタッフたちは呼んでいた。

クイーンズタウンの町は谷間に咲いた白百合のような小さな町で、直前にいたシドニーとは、雰囲気も空気もまるで違う。

ハチマキをいただいたホノルルクラブの村田さんにはここからハガキを送った。東京に住んでいたこの当時は、ウルトラクイズの第1問目は村田さんと情報交換していた。とにかくクイズ界きっての情報通だった。僕の送ったハガキの内容も村田さん経由でクイズマニアの方々に瞬時に伝わったに違いない。

ホテルの近くの土産物屋で買物をしているとワーキングホリデー制度を利用して現地に滞在しているという日本人の若者2人に出逢った。僕らはウルトラクイズの旅で来ているのだというと、近くにクイズ会場にぴったりの名所があることを教えてくれた。

とはいえ、それが先にわかったからといって、どうなることでもない。 ただ、ちょっと覚悟ができるだけだ。それに、聞いただけの話に比して、実際に眼にした時の衝撃は実に筆舌に尽くしがたいものがあった。

この夜は、トメさんとの会食だった。

トメさんだけでなく、スタッフは通常、旅行中はほとんど挑戦者と一緒に食事をすることはない。基本的に別行動だ。

宿泊先のVacation Innでの同泊者は及川。とてもいい奴で好印象を持った。

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シドニーのオペラハウス前でインスピレーション・クイズ–1989年9月14日

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クイズの日。

朝6時半に起こされて、ホテルを出たのが9時半。

オペラハウス前で、オーストラリアの人たちに日本のものを見せて、彼らの言葉をヒントに何かを当てるインスピレーション・クイズ。この手のクイズは比較的得意だったので、苦手意識はなかった。

オンエアで見ると、次のチェックポイントがニュージーランドと発表される時、長戸がアップで映し出されるが、実に白々しい演技をしていた。役者である、奴は。

1問目の「賽銭箱」は外したものの、2問目で「布団乾燥機」を正解し、早くもリーチ。

Mr.マリックを答える問題でアベ姉と正木の2人が1抜け。

私はその当時まったく知らなかった。長戸も同じく、登場したMr.マリックを見て、高中正義だと思ったという、たしかに。

「墨」を当てて長戸が続いて勝ち抜け、「ふんどし」で全員正解の際に私を含めた5人が一斉に勝ち抜けた。

ター兄、永田さんに後輩のトシノリ、立命館の山本の4人の争いになった。

ここで、トシノリと山本がまず脱落し、ター兄と永田さんが残った。そして、ラス抜けを得意とするター兄がうっちゃって、永田さんが敗者となった。

ター兄と永田さんの因縁のドラマの起点である。

ウルトラクイズの東京ドームのシーンを見せて、答えさせる問題があったり、アベ姉のヤバイ回答があったりとなかなか見所の多いクイズであった。

ゲストで呼ばれたMr.マリックがいたので、3人敗者といっても、おそらく敗者復活はあるだろうと勝ち残った挑戦者らは皆話していた。 それにしても、立命館の山本と名大のトシノリという、長戸と僕の大学の後輩が2人仲良く手を繋いで、「伝書鳩」として、旅の近況を日本に伝えに帰ることになろうとは。。。 2015-09-07 15.47.37

ニュージーランドに向かう飛行機の中で永田さんを見かけたという証言もあり、せっかく落ちてくれてたのに、しぶといなあ、と思った。

結果論になってしまうが、この後、行く先々で早押しクイズの際、永田さんの無茶押しにペースを崩されるので、このシドニーでは後輩のトシノリくんに頑張ってほしかったところだ。まあ、後の祭りなんだが。

こうして僕らの1989年のウルトラクイズの旅はつづく。

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伝書鳩のこと

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26年前の日記を読み返しながら、当時を振り返っているのだが、旅の最中に挑戦者ツアーの中で流行ったことについて、一言触れておこうと思う。

第13回ウルトラクイズは各大学のクイズ研究会のメンバーが多く残ったことでよく知られている。

クイズ研究会のメンバーのウルトラクイズの参加はおそらくは第6回か7回くらいに遡るのではないかと思うが、年々その参加人数は増え、スタッフもこのクイズ研対策に相当神経を擦り減らしていたらしい。 その甲斐あってか、第12回まではそれほど目立ってクイズ研ばかりが残ってしまうということはなかった。

だが、

だが、第13回は違った。

東京ドームの○☓クイズで、クイズ研ばかりが大量に予選を通過してしまったのだ。

予選通過は、東大の18人を筆頭に、立命館、我らが名大も10名以上の予選通過者を出した。成田のじゃんけん第2次予選に集まった参加者のうち、半数以上はクイズ研だったのだ。

成田のじゃんけんやグアムの泥んこといった一発勝負の場面で負けて、落ちる者もいたが、いかんせん分母が大きすぎた。 だから、グアムを勝ち抜いてオーストラリアまで辿り着いた挑戦者の8割くらいは、クイズについては素人ではなく、そうしたいわばプロ集団だった。

モーリーでごっそり8人が脱落した後の14人の中で、クイズの嗜みのないのは、アベ姉と正木の二人だけだった。

中でも、複数の挑戦者が残っていたのが、上記の3大学出身者で、それぞれ後輩数名が残っていた。

当時は、現在と違って、通信手段が貧弱だったので、遠方の相手に連絡をとるのは手紙や電話しかなかった。 僕も旅の途中で何度がハガキを書いて送った記憶がある。

ウルトラクイズに自分のサークルのメンバーが挑戦者として残っていれば、当然、その状況が気になるもので、時折、連絡して報告してやるのが同じサークルの仲間というもの。ウルトラクイズはニューヨークまで勝ち進むと、9月が丸々クイズの旅となるのだ。

そこで、登場するのが「伝書鳩」。 僕らのクイズの旅では、僕や長戸のようなウルトラ仕込みの意地悪な先輩が、同じサークルの後輩で、クイズに負けて先に帰る者をいつの間にか「伝書鳩」と呼ぶようになっていた。

我が名古屋大で言えば、オーストラリアに着いて早々に吉野がゴールドコーストから飛んで帰り、続いて、モーリーから長谷と片山。さらには、シドニーでトシノリまで飛んで帰ってしまい、私の手持ちは尽きてしまった。

長戸は道中、山本や恒川を手慰みに伝書鳩扱いしていた。山本などは長戸に伝書鳩呼ばわりされると、「長戸先輩、次はきっと(クイズの実力差の出にくい)インスピレーションですよ。長戸さんが伝書鳩になって帰る番ですよ」などと反抗していたのだが、彼はそのインスピレーションクイズで負けて帰ることになる。

そして、アメリカ大陸に上陸してからは恒川が早々に帰国して、ウルトラクイズの旅の状況を日本の仲間に報告するのであった。

今では、スマホで現場の写真から動画から簡単に送れる時代だが、当時はそんな時代が来るとは、到底予想し得ないころだった。 大体にして、50歳を迎える我々オジサン世代は、日進月歩の現代の通信事情には疎いものだが、中でも、格別にアナログな長戸などは、いまだに「伝書鳩」時代から進化しておらず、ついこの先日までSNSにもろくに触ろうとしなかった。

それが今年年末の特別企画(下記お知らせご参照)を実施するに及び、恐る恐るFBを始めた。

この辺りの顛末は、原始人が現代文明に初めて遭遇する場面を想起させるものがあって面白い。彼のコラムに記されているので、興味のある方は一度読んでみるといい。  

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シドニーでの休日–1989年9月13日

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OFFの1日。

朝からバスで市内観光。キングスクロスからボンダイビーチを回り、昼食は泊まったヒルトンホテルに近いダーリング・ハーバーにて。

きっとクイズの会場はオペラハウスのところだろうから、そっちには近づけないんだろうと話しながら。

ショッピング街を散策中にアベ姉がケン・ドーンの傘を見つけて大喜び、すぐに買い込む。 オーストラリアの芸術家ケン・ドーンは当時マガジンハウスから創刊されたばかりの首都圏の20代後半の女性向けの雑誌「Hanako」のロゴや表紙のデザインを担当していて、まさしくアベ姉の世代には大人気であった。

さらに、その後はフェザーディール動物園を見学。 コアラを抱いて、記念撮影。カンガルーやウォンバットにも直に触れる。

By: Taz

バス移動の際に、僕は近ツリのツアコン加藤さんのすぐ後ろに座っていた。あるとき、加藤さんに声をかけようと、後から身を乗り出したところ、彼はなにやら書類を手にしていた。

見るとはなしに、その書類に目が行くと、飛行機のフライトのスケジュールが記されてあって、それは旅程表だということがわかった。そして、そこには「クライストチャーチ」の文字が。

オーストラリアの後に、どこに行くかが話題となっていて、南極だとか、タヒチだとか、皆それぞれが好き勝手なことを言っていたのだが、誰もニュージーランドと言う者はいなかった。

それで、夕方、長戸を呼んで、ひそひそ声でこのことを伝えている時、背後から突然二人の背中が叩く者が現れた。

「こら、何の悪巧みをしているんだ、おまえら!」

振り向くとそこにはトメさんが僕らの顔を見てニヤついていた。口から心臓が飛び出しそうになるくらい驚くとはこのことだ。

後から、二人で話の内容を聞かれたんではないかと、あれこれ話したが、どうやら感づかれてはいないという結論に達した。

ともかく、シドニーの次はニュージーランドだ。

夕食はキングスクロスで韓国料理。日本食、中華に続いて、韓国料理。ウルトラクイズの食事はアジア文化圏を抜け出せないということにこの頃から気づいた。

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ブルーマウンテンの名所エコーポイントでの早押しクイズ–1989年9月12日

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移動日、休日と過ぎたので、その次はクイズの日だ。

ご当地問題の予習で、エコーポイントなんて名所があるらしいので、大声クイズだろうと皆で話していたが、予想を裏切られた。

2部構成で、第1部は2重音声クイズ。

福留アナに加えて、小倉淳アナが登場し、二人が同時に2つの問題を読み上げて、その両方に回答するというもの。両方とも正解で、勝ち抜けとなり、どちらかでも間違えると1回お休みのペナルティが課される。

僕の場合、オンエアでは間違えた問題が流されたが、正解した問題のほうがこのクイズ形式の特徴をうまく出していて、どうして放映されなかったのか不思議だ。

正解したのは、この問題。

福留「問題:映画「カサブランカ」で主人公を演じたのはハンフリー・ボガートと誰?」

小倉「問題:問題:映画「カサブランカ」で主人公を演じたのはイングリット・バーグマンと誰?」

こうやって文字にすると何でもない問題だが、これをあの場で聞くと冷静さが必要とされる。というか、冷静でありさえすれば、誰にでも答えられる問題だ。なにしろ問題文の中に正解が読み込まれているのだから。

14人中7人勝ち抜けと聞いて、またごっそり落ちるのかと思ったが、早押しクイズだし、負けるとは思わなかった。永田さん、長戸に先着されたのはともかく、及川にまで先を越されるとは思っていなかった。

ともあれ、4着。

残り3人になった時、ター兄と正木と小室さん。いずれも仲良くなっていたメンツだけに誰が落ちても残念で悲しい。でも、クイズの先輩だった小室さんがここで敗れるとは正直のところ思いも寄らなかった。 2015-09-07 15.44.23

夕方、シドニーに到着。ホテルはヒルトンホテル。同室はター兄。

阿部先生によるドクターチェックがあるという時間まで、ター兄とアベ姉と3人で暇つぶし。

ウルトラの旅が終わって日本に戻ってからも3人は東京でよく誘い合って飲みに行ったのは、いい思い出。

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