アップダウンクイズで2度優勝した凄い昭和40年男–加藤実

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加藤実
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クレタという出版社が発行している「昭和40年男」という雑誌がある。
昭和40年4月から41年3月までの生まれの年代の男性をターゲットにした雑誌だが、僕などはその対象ズバリそのものだ。
僕に限らず、この年代はクイズの世界でも実に目立った年代のように思う。
ちょっと見渡しただけでも、長戸勇人、仲野隆也、斉藤喜徳、大江成人といった面々や、女性でも石野まゆみ、青木紀美江という顔ぶれが揃っている。
今回のマンオブシニアは60年代生まれと制限したが、その中でもまさしく中心世代と言えるのではないだろうか。

そして、もう一人忘れてはならない昭和40年男が加藤実だ。

彼は高校生のときにアップダウンクイズで長戸勇人と一緒に出て、優勝し、その後、大学に入ってからもさらにアップダウンで西村顕治と一緒に出て、やはり優勝している羨ましいやつだ。

加藤実

僕が羨ましがるのには理由がある。
クイズ番組の予選は合格通知がもらえても、「アタック25」のように必ずしも本番の番組に出場できるとはかぎらないケースがある一方で、当時のアップダウンクイズは合格通知がもらえれば、必ず出場できる番組として知られていた。そして、僕は大学1年のときに予選会で予選を受け、合格通知を手にしていた。
だが、出場できなかった。何故か? 
番組が終了してしまったからだ!
そういうこともあって、同年代の加藤のアップダウン2度出場、2度優勝は実に羨ましいのだ。

彼の記憶によれば、僕と加藤との出会いは、先の仲野の時にも紹介した東京でのトリビアルパスート日本選手権のようだが、僕にはまったく記憶がない。

彼とはクイズの仲間というよりも飲み仲間の印象が強くて、いっしょにクイズした記憶が非常に薄いという珍しいクイズ仲間だ。

僕の記憶がないので、これまた彼の記憶によると、1987年のマンオブでは準決勝で同じ組になったが彼に負けている(らしい)。そして、この年、彼はマンオブを制覇する。

彼は京都大学の学生だったが、クイズ研のなかった京大から立命館のRUQSに加盟して、RUQSで腕を磨いていた。
前回に紹介した稲川氏に会った当時、彼が長戸と加藤の後輩二人にはクイズの実力でまったくかなわないと言っていただけはよく憶えている。

だが、加藤とクイズをした記憶のほとんどはぶっ飛んでいて、僕が行きつけだった名古屋大学の近くのワインスナック「メルシャン」で髭のマスターあべちゃんを相手に一緒に飲んだ記憶だけが鮮明だ。

アップダウン2度優勝、マンオブ制覇の実力者が、90年代初めの日本一決定戦番組では知られた成績を残していないのは、すでに社会人生活に入ってクイズを引退していたためだろうか?

う~ん、記憶にないのだ。

加藤、これを読んでいたら、コメント欄にクイズの思い出話を書き綴って欲しい。よろしく。

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コメント

  1. 加藤 実 より:

    取り上げてもらって光栄至極。

    秋利くんに「クイズをした記憶がない」のも道理で、ある程度まとまった時間いっしょにクイズをしたのは、2度のマンオブ前後(といっても僕はクイズ列車には乗っていません)、名古屋大クイズ研におじゃましたとき、どえりゃあもんくらぶにおじゃましたときの4回しかありません。
    「勝負だ!」という心持ちでボタンを持ったのは、87年マンオブ準決勝のただ1回なのです。

    そのときの形式は封鎖クイズで、5人並んで5ポイント先取。同じ人を封鎖できるのは連続2回まで、というルールでした。
    相手は1人だけだと思っていたので、1問目を取れたらそのまま3ポイントまでは行けるだろうと。
    逆に、1問目を取られたら、そのまま3ポイントまで行かれるだろうと。
    なので、1問目に全精力を注ぎ込んだのを覚えています。
    結果は僕に幸いしました。確か、7問か8問で決着がついたはずです。

    思い出はやっぱり酒。「メルシャン」には6~7回一緒に行っているはずで、ハウスワインをデカンタで呑みながら、クイズその他のよもやま話に花を咲かせたものでした。
    で、決まって僕が注文したのが「しいたけのワイン蒸し」。
    自分でも料理はするのだけど、いまだにあの味は出せません。

    「メルシャン」以外だと、どえりゃあもんくらぶへおじゃましたあと、宮崎さん兄弟と一緒に居酒屋で大酒を呑んだこと、最初に「メルシャン」におじゃましたあと、「大丸」というラーメン屋へ連れて行ってもらって、山盛りのもやしに驚愕したこと、などを覚えています。

    そんなこんだで、僕のほうも「秋利くんとクイズをした思い出」というのはほとんどないわけですが、86年のマンオブのペーパーで上に行かれたときには、こちらもちょっと自信があった(三択は強い方ではなかったけど)だけに、かなりヤラレタ感がありました。
    そのあとの準決勝・決勝を見て、「強いな。すごく」と重ねて思い。
    翌日の東海道本線下り鈍行の中では、長戸くん・仲野くんといっしょに1対1の早押しをやりながら帰ったはずですが(違うかな?)、そのときもいい勝負ができていて、すごく楽しかった記憶があります。

    アップダウンクイズで対戦していたらどうなっていたのかな。結果はともかく、面白い戦いになったのは間違いないでしょうから、やってみたかったな、と今でも思います。

    12月26日。とても楽しみにしています。
    特に、酒な(笑)。

    1. AkitoshiMikio より:

      いろいろ書いてくれてありがとう。記憶がちょっとだけ蘇ってきた。
      やはりクイズでの対戦はさほどなかったんだね。
      もう懐かしの「メルシャン」はなくなって、あそこで一緒に呑むことはできないけど、また逢った時には楽しく呑もうね。12月26日を楽しみにしているよ。

      1. 加藤 実 より:

        ちなみに、トリビアルナパスートのときに秋利くんを僕に紹介してくれたのは、ホノルルクラブで面識があった相原さん。
        京都へ帰る途上立ち寄ったのであまり時間はなかったけれど、電話番号の交換をした記憶があります。
        そして夏に実家へ戻るときに秋利くんに電話して、「メルシャン」で呑んで、今日に至る。というわけです。
        そのときはたしか大石くんの下宿にも連れてってもらったはず。
        細かいことは忘れましたが、とても暑かった記憶は残っています。

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