ウルトラクイズ

ツインレイクスでトマト戦争–1989年9月22日

クイズの日。アメリカ本土に入ってからは1日おきにクイズの日がやって来る。

この日のクイズはトマト戦争。 トマトの砲弾が飛んで来る中を潜り抜けて走り、早押しボタンを押すというものだった。グアムの泥を抜けたら、もう汚れることはないと思っていたら、そうは問屋が卸さなかった。

問題が読まれ始めると、皆とりあえず早押しボタン前の塹壕まで走る。問題がよく聞こえないものだから塹壕の中で話し合う。 「今の問題、何?」 「わからん」 「XXXXXX」 「XXXXXX」 くだらん冗談なんかも交わす。 あの塹壕の中に集音マイクを仕掛けておけば、僕らの馬鹿話満載できっと面白かっただろうに。

問題すべてに走っていたら息が切れるので、わかりそうにない問題の場合は走らず休んだ。 永田さんに先着は許したものの、2抜け。まだ余裕はある。

負けたのはコアラ関根。いいやつだったが、残念だ。また、1人減って、いよいよ6人。

この日の泊まりはデンバーのホリデーイン。同室者は長戸。 デンバーは殺風景な都会で、ちらっと見ただけで、どこも出歩かず、ホテルで映画を見たが、3本ともつまらなかった。

こうして僕らの1989年のウルトラクイズの旅はつづく。

 <お知らせ1> ファンの皆様のご要望にお応えして、ショットオーバーの大声クイズをテーマに「帰れTシャツ」を作成、販売することになりました。現在、下記のサイトにてデザインを募集しています。デザインの腕に自身のある方は是非ご応募ください。 [ 「帰れTシャツ」デザイン募集のページ]

 <お知らせ2>  今年2015年の年末、東京でMan of the Year Seniorというクイズの大会及びパーティーを行うことになりました。これは私たちが学生時代に毎年年末に行われていた学生クイズ日本一決定戦のシニア版です。一般の方も見て楽しめる内容になると思います。 皆さん、是非お越しください。 開催日:2015年12月26日 開催場所:東京ウィメンズプラザ(渋谷区神宮前5-53-67) 詳細は公式サイトからどうぞ。FBページツイッターでも随時情報を発信しています。

 

LAからツインレイクスへ–1989年9月21日

移動日。

LAからデンバーまでは飛行機で移動し、そこからLeadvilleという町へ。

リードビル

昼食は立ち寄った店にて。食べたのはNew York Steak。ニューヨークまで行くぞという意気込みとともに。
泊まりはBig Westernというドライブイン。オーストラリアのモーリーと遜色ない田舎さ加減。つまり、何もない。
今宵の同室者は永田さん。トランプで大富豪して、ダベって寝るだけ。
アベ姉に続いて、仲良かった正木もいなくなって、淋しくなる。

こうして僕らの1989年のウルトラクイズの旅はつづく。

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ショットオーバーの「帰れTシャツ」のデザインを募集中

先日、ツイッターでウルトラファンの方々と話していたら、話の成り行きで第13回のショットオーバーの名場面大声クイズのTシャツを作ることになってしまいました。

僕と長戸の絶叫フレーズ「長戸帰れー!」「秋利帰れー!」をロゴとしてデザインに採り入れたTシャツです。

皆と一緒に作りたいという思いからこのTシャツののデザインは一般公募しています。
詳しくは下記のクラウドソーシングサービス「ランサーズ」のページを御覧ください。また、デザインの腕に自信のある方は是非ご応募ください。

クラウドソーシング 「ランサーズ」
「 <「帰れTシャツ」デザイン募集のページ>昨年再放送された20年以上昔の人気TV番組「アメリカ横断ウルトラクイズ」の1場面をロゴTシャツにしたい」
ツイッターでデザインの応募を呼びかけています。一人でも多くのデザイナーさんの力を借りて、素敵なTシャツを作りたいと思います。皆さん、リツイートにご協力ください。

ロサンゼルスで似顔絵クイズ–1989年9月20日

クイズの日。

朝からバスに乗り込み、市内観光よろしくあちらこちらを回った。

ファーマーズ・マーケットでショッピングをし、パサディナのローズ・ボウルで記念撮影。

ロサンゼルス

高級住宅地に来たところで、荷物を持って降りろとの指図。つまりは、クイズということだ。

早押しのセットが見えたところで、負けはしないなと思ったが、思いがけず苦戦した。

クイズ形式は、子どもの描いた似顔絵から母親を当てる「私がママよ」クイズ。

永田さんのバカ押しが炸裂する。もうええかげんにしてくれんかなと、途中でしばらく放置して、おっさんがとっとと抜けるのを待っていた。オンエアではずいぶんとカットされていたが、僕は永田さんとともに4回の母親当てのチャンスを得て、やっとのこと勝ち抜ける。最初は二人して3番の子どもを狙ったが、及川に攫われて、一抜けを許してしまった。あまりに母親が当たらず、3番の子どもジェフリーくんがいい加減泣きそうになるのももっともな話。

木村の動きから、ついには、一人の子どもの絵に固執するより、違う絵に当たるほうがわかりやすい絵に当たる可能性があると考えて、方針を転換したところ、一発で当て、勝ち抜けられた。

旅の最中、仲良しだったギャンブラー正木が落ちて残念だった。

戻って、皆でショー劇観戦したことも日記に綴ってあった。ダッシュ田川、スポット長戸、ワンダラー及川って、これなんだろう?

こうして僕らの1989年のウルトラクイズの旅はつづく。

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生涯で最も長い1日は続く–1989年9月19日

長い一日の続き。

LAのホテルは、1929年の第1回アカデミー賞の授与式も行われたというハリウッド・ルーズベルト・ホテルのBill Welsh Suite。

夜な夜な、我々挑戦者がある一室に集まっているのをスタッフも知っているので、集合用の部屋として誂えてくれたのだろうか?

案の定、ディレクターの加藤就一さんとトメさんが我々の夜の談合を撮影にやってきた。

でも、結局、ここでの絵はオンエアで使われなかったということは、面白みに欠けてたということだろう。

この後、カメラを渡され、23時を過ぎて、ホテルの斜向かいにあるチャイニーズ・シアターに繰り出した。深夜だというのに、訪問客は絶えない。さすが、ハリウッドの名所だ。

長戸はスティーブ・マックイーンの手形で記念撮影。僕はハンフリー・ボガート。

彼の言葉がそばに刻まれている。「死なないでいてくれよ、オレが殺すまで」そっくりそのまま長戸に送ってやる。

この日の同室者はギャンブラー正木。疲れて、ぐっすり眠っていた。翌日、帰ることになるとも知らずに。

ロサンゼルス

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日付変更線を越えて、ニュージーランドからアメリカ本土へ–1989年9月19日

1989年9月19日–これまで僕の生涯で一番長い日はきっとこの日だろう。なにしろ日付変更線を西から東に越えたのだから。

スローなこの日、午後、クライストチャーチからオークランドを経由して9月19日の20時前にニュージーランドを飛び立った。

New Zealand - Hawaii

完全移動日のこの日は食っては寝るの繰り返し。養鶏場のブロイラーの気持ちが少しだけ理解できたような気がした。

離陸したのは、ハワイのホノルル。9月19日午前6時前のことだ。終わったはずの9月19日がもう一度やってきたような錯覚に囚われる。

By: Edwin

LA行きのフライトを待つ間、空港の窓の外にはハワイの光景が。。。ちょっとくらい外に出たいなあ。だが、その願いは叶わない。窓越しに眺めるだけだ。いまだもって、僕のハワイ体験はこの窓越しに見える光景だけだ。淋しい。

ユナイテッド航空にてホノルルからLAへ。9時前に出発したのだが、到着した時には時計の針は17時を回っていた。

ユナイテッド航空はあまりよろしくなかったらしく、日記にはその不満が書き連ねてあった。

Hawaii

こうして僕らの1989年のウルトラクイズの旅はつづく。

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世界を駆け巡るウルトラクイズの知られざる一面とは–1989年9月18日

この日はクイーンズタウンからクライストチャーチへの移動日。

翌日の9月19日にも今度は日付変更線を越え、ハワイ経由でアメリカ本土に上陸する。

Queenstown to Christ Church

だが、この日まで、オーストラリア、ニュージーランドという南半球を旅しながら、当時の僕ら若者には底知れぬ物足りなさ、一種の欠乏感が鬱屈していた。

それは何か?

オーストラリア、ニュージーランドを旅しているのだから、どこかで一度は羊肉を食べる機会くらいあるだろうと思っていたのだが、とうとうラムを喰わずじまいに空港のあるクライストチャーチへと向かっているのだ。

ウルトラクイズの知られざる一面の筆頭を挙げるなら、誰がなんと言おうと、日本食を中心としたアジア飯の旅という側面にある。実際に十数年の歴史において、クイズの旅で移動する地域は非常に広範囲なのだが、食生活文化の範囲はほとんどアジア圏と極めて限られているのだ。

我々の例をあげよう。

グアム:日本飯、ゴールドコースト:日本飯、モーリー:中華、ブルーマウンテン:日本飯、シドニー:韓国飯、クライストチャーチからクイーンズタウンへバス移動中の弁当:日本飯、クイーンズタウンのトメさんとの会食:日本食レストラン…

ネブラスカの片田舎に行った時、僕は電話帳をめくって、その日の晩飯の中華レストランの名前を的中させて、近ツリのツアコンの加藤さんに「なんで知ってるんだい?」と感心されてしまったくらいだ。

By: waferboard

それで、このニュージーランドの最終日は僕らは主張した。「ラムを喰わせろ!」と。

このシュプレヒコールに怖気づいてか、ツアコンの加藤さんは我々の要求をのんでくれ、この日、僕らは南半球最終日にして、とうとう念願の羊肉にありつけたのであった。パチパチ(拍手)。美人ウエイトレスJeudyさんの給仕で南半球の羊肉は格別の美味だった。

Christ Church

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バンジージャンプを背景に「長戸帰れー!」「秋利帰れー!」–1989年9月17日

クイーンズタウンでは連日のクイズ。

いよいよ土産物屋の日本人が言っていた名物の登場だ。

現場に着いて、回答席まで行くまでの間、目隠しをされ、スタッフに手を曳かれて行った。目隠しを解かれると、目の前にはトメさんが立っていて、そして、すぐ後を振り返るように促された。

百聞は一見に如かずとは、まさにこのこと。私たちの眼の前で、吊橋から人が谷底の川に向かって身を投げ出すのだから。

僕は高所恐怖症なので、万が一このクイズで負けていたら、恐怖のあまり、とんでもない醜態を晒したであろうと思うのだが、大声クイズで負けるとはつゆほども思っておらず、余裕の勝ち抜けだった。ホント言えば一抜けしたかったのだが。(結局、僕はウルトラの旅の中で一度も一抜けしていない。これはちょっと心残りだ)

僕と長戸はちょうど同い年の雑誌「昭和40年男」の世代で、同じようにウルトラクイズを見て、クイズを志すようになり、大学時代も何度も戦い、良きライバルだった。

当時、学生日本一を決定する「マン・オブ・ザ・イヤー」というチャンピオン大会が毎年12月に東京で開催されていた。

1986年には僕は予選1位で、準優勝(優勝は同じ名大の仲野隆也)。このとき、準決勝では、長戸、稲川(第11回ウルトラクイズ優勝)、鎌田の立命館三人衆を一纏めにして破った。 1988年のこの大会では長戸が優勝する。

このウルトラクイズの旅の間ライバルとして、特に、このショットオーバーでの僕と長戸の大声フレーズ「長戸帰れー!」「秋利帰れー!」は実に多くの人の記憶に残ることになるが、これはこのウルトラの旅の間だけでなく、実に長い因縁の歴史があったのだ。 ともかく、このときは長戸に先着して僕はご機嫌だった。

ショットオーバー

それにしても、このバンジージャンプ、1988年11月にニュージーランドのこの場所で始まったのをすぐさま翌年の9月にウルトラクイズが録画して11月に放映されたという。ウルトラスタッフの情報収集力の凄さにはお見事と言うしかない。

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ニュージーランドの憂鬱 強敵が復活し、紅一点が敗退 男だけの戦いに–1989年9月16日

クイーンズタウンの休日を楽しんだ翌日は町から湖を挟んで向かいにあるマウントニコラス牧場でクイズ。

ここでようやく永田さん登場。

飛行機の機内で見かけたという情報もあって、きっと出てくるのだろうとは思っていたけれど、強敵だけに、姿を見ると、実はイヤーな気分。

実際、その後、永田さんはやたらめたらボタンを叩き、間違いを連発。それでも、ペナルティが重くないので、最終的には勝ち抜けるという戦法を採っていて、一緒にやっていて私も自分のペースが掴めないし、かなり鬱陶しかった。

1問3000円もかけて問題を作っているスタッフにも相当顰蹙を買っていた。言ってはなんだが、あの時はホント、疫病神だったなあ。

でも、オンエアを見ると、彼の不正解はそれほど映されていない。

一方で、僕は元来不正解するのは好きでないので、わからない問題は極力押さないし、問題文はポイントまで聞いて待つという「きれいな」早押しを心掛けていた。

それが何故かオンエアでは数少ない不正解のシーンが採り上げられている。 そのへんもちょっと納得いかない。

強敵永田さんがシドニーで負けた時は正直大喜びしたものだ。それがゾンビのように蘇ってきて、複雑な気持ちだった。

それで、この日のクイズでは結局アベ姉が負けてしまった。

この日の日記を読むと、僕と1対1の対決クイズの時には、通して(負けて)あげれば良かったと後で悔やんでいる。

でも、オンエアを見ると、勝負の問題も最後まで問題文を聞いているし、かなり自分の中で葛藤があったように今では思える。ボタンをわざと早く押さずに、正解を譲ることはできても、当の本人が正解を出せなければ、結局は勝てないのだから。

オンエアされたように、「頑張ってね」と声をかけるのが、精一杯の気遣いだったのだろう。

かくして、勝負は男だけ10人の闘いとなった。

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ニュージーランドに到着 クイーンズタウンへ移動–1989年9月15日

ニュージーランドの南島に到着した。

クライストチャーチからはバスで夜通し走り、目覚めると、羊たちの草原が待っていた。

そこからもう少し先に行ったところにクイーンズタウンが待っていた。 2015-09-10 11.50.19

クイズの町クイー(ン)ズタウンとスタッフたちは呼んでいた。

クイーンズタウンの町は谷間に咲いた白百合のような小さな町で、直前にいたシドニーとは、雰囲気も空気もまるで違う。

ハチマキをいただいたホノルルクラブの村田さんにはここからハガキを送った。東京に住んでいたこの当時は、ウルトラクイズの第1問目は村田さんと情報交換していた。とにかくクイズ界きっての情報通だった。僕の送ったハガキの内容も村田さん経由でクイズマニアの方々に瞬時に伝わったに違いない。

ホテルの近くの土産物屋で買物をしているとワーキングホリデー制度を利用して現地に滞在しているという日本人の若者2人に出逢った。僕らはウルトラクイズの旅で来ているのだというと、近くにクイズ会場にぴったりの名所があることを教えてくれた。

とはいえ、それが先にわかったからといって、どうなることでもない。 ただ、ちょっと覚悟ができるだけだ。それに、聞いただけの話に比して、実際に眼にした時の衝撃は実に筆舌に尽くしがたいものがあった。

この夜は、トメさんとの会食だった。

トメさんだけでなく、スタッフは通常、旅行中はほとんど挑戦者と一緒に食事をすることはない。基本的に別行動だ。

宿泊先のVacation Innでの同泊者は及川。とてもいい奴で好印象を持った。

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