ウルトラクイズ

オーストラリアに到着 一路ゴールドコーストへ–1989年9月5日

「9+16=25/シドニーの朝は寒かった。井端はぴらぴらのTシャツで震え、しづ姉は半袖を屁とも思っていなかった…」という書き出しでこの日の日記は始まっている。

「9+16=25」というのは、移動にかかった時間のことだ。 成田からシドニーまでが9時間、そこからバスでゴールドコーストまで16時間、合計25時間の移動。うんざりだぜ。

この年、オーストラリアのナショナルフラッグキャリアであるカンタス航空のストによってウルトラクイズの旅程が大きく影響された。オーストラリアに行くわけだから、当然、エアーズロックにも行くだったはず。でも、カンタス航空のストのために、思うように移動できない。

移動は結局すべてバスだ。 それで、東海岸沿いを南北に移動するだけとなった。

「行けども行けども同じような風景」とうんざりした気持ちが日記には綴られていた。

バスの中では小室父さんの隣だった。 小室さんは古くからのクイズ界の有名人で、それでお話を聞きたくて、私から近づいたのだと思う。きっとクイズに関するいろいろな話をしたはずなのだが、それでも「話題が旅程についていかない」と日記には書きつけてあった。

16時間とはそれほど長い移動なのだ。 初めてのオーストラリアなのに「飽きるほどオーストラリアを味わった」とも書いている!恒川が「オレのオーストラリア像が壊れる」とほざく。

そして、辿り着いた先はゴールドコーストのサーファーズパラダイス。

宿泊ホテルはRAMADA  INTERNATIONAL。同室者は長戸勇人。 2015-09-05 16.53.40 第13回ウルトラクイズの同窓会はこのホテルの名前をとって、ラマダクラブと名付けられることになる。このとき、このホテルに泊まった24名だけがメンバーの会員制クラブだ。

こうして僕らの1989年のウルトラクイズの旅はつづく。

 <お知らせ1> 
ファンの皆様のご要望にお応えして、ショットオーバーの大声クイズをテーマに「帰れTシャツ」を作成、販売することになりました。現在、下記のサイトにてデザインを募集しています。デザインの腕に自身のある方は是非ご応募ください。
[ 「帰れTシャツ」デザイン募集のページ]

 <お知らせ2>  今年2015年の年末、東京でMan of the Year Seniorというクイズの大会及びパーティーを行うことになりました。これは私たちが学生時代に毎年年末に行われていた学生クイズ日本一決定戦のシニア版です。一般の方も見て楽しめる内容になると思います。 皆さん、是非お越しください。 開催日:2015年12月26日 開催場所:東京ウィメンズプラザ(渋谷区神宮前5-53-67) 詳細は公式サイトからどうぞ。FBページツイッターでも随時情報を発信しています。

 

グアムから成田経由でオーストラリアへ–1989年9月4日

前日、泥んこクイズの後、皆で宴会。 ゆっくり眠っていたところを午前3時に叩き起こされてしまった。完全にスタッフに裏をかかれた恰好だ。

1989年9月4日の日記

1989年9月4日の日記

○☓クイズで敗者1名を決めるというもの。 クイズはなんとわずか3問で決着がついてしまった。 終わった後、結果の発表はない。 皆で互いに答え合わせ。わずか3問で決まったということは、3問全部不正解の者が敗者だということだ。答え合わせで私はどうやら少なくとも1問は正解しているらしい。2問正解のようだということだった。 とにかく眠かったので、それで、部屋に戻るとすぐに眠りについた。 夜中に叩き起こされたので、翌朝も眠く、ちょっと寝坊気味。朝食も一番最後にレストランに行った。朝食はビュッフェだったので、皿に料理をとって、座る席を探した。 大学の後輩のトシノリの前の席がちょうど空いていた。 「よう。トシノリ、元気か」と声をかける。 まともな返事は帰ってこない。辛気臭いやつやなあ、独り心のなかで呟く。 朝食の開始が遅かったので、脇目もふらず、さっさと食べて、出発の支度のために部屋に戻る。 荷物をまとめてバスに乗り込もうというところへ、長戸から声をかけられる。 「おい、秋利。ちょっと」 何かと思えば、昨夜の○☓クイズのこと。クイズが終わって、皆で答え合わせをしたところ、どうやら大学の後輩のトシノリが唯一3問連続不正解で、帰国の憂き目に合うらしいということになったそうなのだ。 それを聞いてぞっとした。なるほど。それで、朝食の時、トシノリの前の席が空席だったのだ。 そうとも知らずに呑気にトシノリに「元気か」って声をかけるとは、我ながらかなりお目出度い。元気なわけないだろ。 長戸に慰めてやれよ、後輩だろ、と言われ、バスに乗り込むと、トシノリの隣の席はこれまた空席。当たり前だ。そんな暗雲の立ち込めた席には誰も座るはずない。 いまさらとは思ったが、先輩だし何か声をかけてやらないとと意を決して忘年会の話へ振る。トシノリの反応は鈍い。 空港へ着くと、「桃屋の花らっきょ」の愛称でお馴染みの近ツリのツアコン加藤さんが航空券を配る。 1名ずつ名前を呼び上げられ、最後に名前が呼び上げられなかった人が敗者というわけだ。 ところが、皆の答え合わせで全問不正解のはずのトシノリの名前が呼ばれた。誰もが驚く。トシノリ本人もきょとんとしている。 結局、航空券は25名全員に配られた。でも、チケットの上にオーストラリアに行けないマークがついていて、これが慶応大学クイズ研出身でライオンに勤めていた小林さんの航空券にあった。小林さんは前年の第12回ウルトラクイズでもアメリカ本土を前にアラスカで敗者となり、帰国の憂き目にあった人だ。 ともかく、我が後輩トシノリは敗者でなく良かった。 だが、その後もこの日の朝食の話になると、この呑気な先輩はなじられることになった。まあ、当たり前か。ハハハ。 こうして僕らの1989年のウルトラクイズの旅はつづく。

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