ゴールドコースト

遊び人チーム、ゴールドコーストを突破–1989年9月7日

休日の翌日はお約束通り、クイズの日。 クイズの形式は団体戦で、チーム対抗だった。 お揃いのトレーナーでクイズ会場のビーチに現れ、スタッフを驚かせたのだが、このあたりのやり取りは全部カット。スタッフとしては面白くなかったらしい。

ビーチに着くと、カメラの前で日本にいる人に状況を報告するという何やら企みの臭いのプンプンするビデオレターを作ったが、それがチーム分けの根拠となるものだった。

我々「遊び人」チームのメンバーは、私以外に、長戸、吉田、山田、恒川、しづ姉の6名。

メンツを見て一瞬で、私たちは黄金チームでここで脱落するわけはないと自信を持った。

このときに残っていた女性の参加者はアベ姉としづ姉の2人だけで、しかもしづ姉は誰もが認める美貌の持ち主。テレビ局としたら、どうしても落としたくはないはずだ。

それが故、事前の調査でクイズに強いとわかっているはずの、長戸と私、さらには立命館の長戸の後輩でもちろんクイズ研メンバーの恒川まで入っている。 さらには、これも貴重な年配のメンバーの山田さんに、旅のメンバーのリードオフマンたる吉田くん。 このチームは、スタッフが絶対に落としたくないと言っているに等しいメンバー構成だ。

だが、自信を持って、クイズに挑戦したはずなのに、豈図らんや、苦戦した。

初めのほうで回答権を取った「手のひらを太陽に」の問題を失敗したのは誤算だった。

問題:唱歌「手のひらを太陽に」に出てくる動物は全部で7つ。それは何でしょう?

青野「おけら」 吉田「ミミズ」 山田「カエル」 恒川「アメンボ」 と順調に来て私に回答権が回ってくる。山田さんが「カエル」を答えていたから、その続きでいけばいい。 「トンボ」と答えて正解。 そして、トリは長戸。 ところが、えっ、なんで詰まるの?で、とうとう「ゴメン」となってしまった。

後で、訊いたら「セミ」が頭に浮かんだとか。「セミ」はないだろ。字数が合わない。

ウルトラの旅が終わった後で、ラマダクラブの同窓会を開催すると、決まってどこかで「手のひらを太陽に」を唄ったものだ。

クイズの方は結局「日本には証券取引所がある都市が全部で8つあります。それを答えてください」というもので、「東京」「大阪」「名古屋」「京都」「広島」「新潟」と今ではなくなったところを中心に正解が出て、見事勝ち抜け。

ちなみに、京都、広島、新潟の取引所は2001年に東京証券取引所に吸収されてしまい、その後、さらに東京と大阪は経営統合されて日本取引所グループとなっている。他に残るのは名古屋、福岡、札幌だけだ。

30年近くの歳月が経ったわけだから、クイズの答えが変わってしまうのも仕方ない。

こうして僕らの1989年のウルトラクイズの旅はつづく。

 <お知らせ1> 
ファンの皆様のご要望にお応えして、ショットオーバーの大声クイズをテーマに「帰れTシャツ」を作成、販売することになりました。現在、下記のサイトにてデザインを募集しています。デザインの腕に自身のある方は是非ご応募ください。
[ 「帰れTシャツ」デザイン募集のページ]

 <お知らせ2>  今年2015年の年末、東京でMan of the Year Seniorというクイズの大会及びパーティーを行うことになりました。これは私たちが学生時代に毎年年末に行われていた学生クイズ日本一決定戦のシニア版です。一般の方も見て楽しめる内容になると思います。 皆さん、是非お越しください。 開催日:2015年12月26日 開催場所:東京ウィメンズプラザ(渋谷区神宮前5-53-67) 詳細は公式サイトからどうぞ。FBページツイッターでも随時情報を発信しています。

 

ゴールドコーストの休日–1989年9月6日

ウルトラクイズの旅でもオーストラリアはほぼ3日サイクルで日程が組まれていた。

<移動-休み-クイズ>が1サイクルだ。 前日が移動日で、この日が休日、そして翌日がクイズとなるわけだ。

午前中に、アベ姉、しづ姉、正木茂、関戸らと買い物にでかけた。途中で、トレーナー作戦のトレーナーを買い込む。 トレーナー作戦とはグアムの奇襲の晩に相談した、スタッフを驚かせようという作戦だ。

そして、「その後、とうとうゴールドコーストを眼にして」しまうことになる。

波打ち際で裸足なって、走るわ、叫ぶわの大騒ぎ。 視界のほとんどが海。水平線が大きく弧を描く。

サーファーズパラダイス。 「天国ってところはバスで16時間もかかるんだね。そんなに簡単には行けないということがよくわかった」というのがその時の感想だ。(^^)

夜はアベ姉らのセカンドルームに挑戦者全員が集まって、トレーナー作戦の最終確認。

いよいよ翌日決行だ。

同い年の井端くんが会社の休みが取りづらく、スタッフが会社に電話してくれて、ようやく進んでよしということになったらしい。 ラマダクラブのメンバーの結束は固く、気持ちとしては皆で先に進みたいと思っていた。

だけど、必ず誰かが破れ、帰国するのがウルトラクイズの宿命だ。 何ともやりきれない。 2015-09-05 17.37.23 こうして僕らの1989年のウルトラクイズの旅はつづく。

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オーストラリアに到着 一路ゴールドコーストへ–1989年9月5日

「9+16=25/シドニーの朝は寒かった。井端はぴらぴらのTシャツで震え、しづ姉は半袖を屁とも思っていなかった…」という書き出しでこの日の日記は始まっている。

「9+16=25」というのは、移動にかかった時間のことだ。 成田からシドニーまでが9時間、そこからバスでゴールドコーストまで16時間、合計25時間の移動。うんざりだぜ。

この年、オーストラリアのナショナルフラッグキャリアであるカンタス航空のストによってウルトラクイズの旅程が大きく影響された。オーストラリアに行くわけだから、当然、エアーズロックにも行くだったはず。でも、カンタス航空のストのために、思うように移動できない。

移動は結局すべてバスだ。 それで、東海岸沿いを南北に移動するだけとなった。

「行けども行けども同じような風景」とうんざりした気持ちが日記には綴られていた。

バスの中では小室父さんの隣だった。 小室さんは古くからのクイズ界の有名人で、それでお話を聞きたくて、私から近づいたのだと思う。きっとクイズに関するいろいろな話をしたはずなのだが、それでも「話題が旅程についていかない」と日記には書きつけてあった。

16時間とはそれほど長い移動なのだ。 初めてのオーストラリアなのに「飽きるほどオーストラリアを味わった」とも書いている!恒川が「オレのオーストラリア像が壊れる」とほざく。

そして、辿り着いた先はゴールドコーストのサーファーズパラダイス。

宿泊ホテルはRAMADA  INTERNATIONAL。同室者は長戸勇人。 2015-09-05 16.53.40 第13回ウルトラクイズの同窓会はこのホテルの名前をとって、ラマダクラブと名付けられることになる。このとき、このホテルに泊まった24名だけがメンバーの会員制クラブだ。

こうして僕らの1989年のウルトラクイズの旅はつづく。

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