マンオブ・シニア

「マンオブシニア」のエントリーが開始

この年末に開催されるクイズ大会「マンオブシニア」のエントリーが11月2日から始まった。

事務局からの情報だと、昨日までの3日間ですでに50名近い参加者がエントリーしている。

この調子だと、100名以上の参加は必至、おそらくは最終的に150名から200名くらいの方々が参加されることになるのではないだろうか?

参加資格は?

この大会、要するに僕らの世代の同窓会のノリで始まったために、参加資格にもそうした条件がつけられている。

まず、大前提は、出場者は60年代生まれに限定ということ。年次関係で、一部に例外は設けてあるものの、我々「昭和40年男」らを中心とした60年代生まれのオッサンやオバサンの集まりが一番の前提になっている。

僕らのテレビ出演を見て、クイズの世界に憧れ、足を踏み入れた70年代生まれの後輩諸君には申し訳ないが、出場資格はない。一般観客席は設けるつもりなので、是非当時と同じように、観客として応援してくれると嬉しい。

それで、参加資格には具体的に2種類の枠が用意されている。

まずは、「クイズ研究会枠」。

これはマン・オブ・ザ・イヤーが学生クイズ日本一を決める大会で、全国の大学のクイズ研究会の集まりである「日本学生クイズ連盟」(通称「学連」)主催だったので、当然のこと。各大学のクイズ研究会所属のメンバーが、当時、毎年12月に開かれた大会を懐かしみながら再度開催しようというものだからだ。

もう一つは、「オープン参加枠」。

これは、当時のマンオブには参加しなかった、あるいは、諸事情で参加できなかったけど、クイズが好きで、テレビのクイズ番組で活躍した同世代のスタープレーヤーにも参加してもらおうというもの。

今回のマンオブシニアの大会には、かつてテレビのクイズ番組で活躍していた伝説のプレーヤーが集まる大会の色彩も濃厚に漂うことになる。往年の名プレーヤーたちが集まるファン必見の大会になりそうだ。

 

大会終了後は大パーティー、大会前にもFBで交流を

クイズが終わってからは、出場者及び観客入り混じっての打ち上げの大パーティーもあるので、こちらも楽しみにしてほしい。

エントリー方法は下記ご参照。多くの方の参加を待っている。

すでにエントリーされた方で、FBのアカウントをお持ちの方は、「マンオブシニア出場者グループ」にも参加いただきたい。

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あとがきのようなもの

この26年前を振り返る日記はツイッター上でのウルトラクイズファンの方々や同じ第13回ウルトラクイズでグアムの泥の餌食となった泥カバさんとの会話の中から生まれたものだった。

 

26年前に第13回ウルトラクイズに出場した際に、毎日起こる出来事を簡単なメモ風に残しておいた記録が元になっている。

B5のノートに書き綴れられた文字は当時旅の中で、年齢が今の半分も満たない若造の自分が記したものであり、それを久しぶりにじっくりと読み返す作業は実に懐かしく楽しかった。

このブログでは9月4日から9月27日まで書き続けたが、実際の日記は9月1日に上京し、日テレに集合するところから始まっている。 日記の終わりは9月27日になっているが、この日LAで1泊したあとで、翌日のフライトで成田に戻った。パスポートには9月29日帰国のスタンプが押されていた。まさしく1989年の9月はまるまるウルトラクイズの旅で埋め尽くされた。

あれから26年という歳月が流れたのだ!

僕自身は、昨年2014年のベトナムの旧正月休みの際に日本に帰国し、Quiz Japanの取材を受け、久しぶりにボルティモアの4人で集まって、酒を飲み交わし、ファミ劇のウルトラクイズ再放送を取り仕切っていた大学時代の同級生とも会い、ウルトラクイズの再放送のための特番収録があって、…と、この2年間のうちにあの第13回ウルトラクイズを振り返る機会が相次いだ。

一方で、ツイッター上では当時のことを今でも昨日のことのように憶えてくれていて、今なお関心を持ってくれている方々がたくさんいる。あのボルティモアの激闘から20年以上経ってもウルトラクイズを楽しみたいという人たちの声が聞こえてくる。

たまたまウルトラクイズで勝ち進んで、ボルティモアの準決勝まで進んだ経験は、僕一人だけの経験として仕舞っておくべきものでもないだろうと思った。

自分の当時の思いを綴った日記を公開するのは、正直なところ、かなり気恥ずかしいものだが、当時、僕を応援してくれて、ひょっとして、今もまだ興味を持ってくれている人たちがいるなら、話の種を提供するくらいお安い御用だというのが偽らざる心境だ。そして、一緒に回想し、語り合い、楽しもうではないか!

当時の書き殴った文章は、あくまで自分自身のためのメモであり、文脈が不明確だったり、言葉足らずだったりして、今の僕自身ですら読みづらいので、それを補足する意味でずいぶん書き加えたが、文章のベースは当時体験した僕自身の心象風景にある。 とくに、最終日の9月27日の記事は、結果的に、ほとんど当時書いたもの、そのままを書き起こすスタイルとなった。たかがクイズごときに大仰な言葉遣いをしている部分など、今読み返すと顔から火が噴き出しそうだが、当時は真剣だったに違いない。笑って読み飛ばしてほしい。

ウルトラ日記

 

同時に、これらの記事を書きながら、当時の記憶を辿っていくと、また自分をクイズの世界に飛び込ませたくなってくる。

折しも、今年の年末には、長戸が言い出しっぺで企画したクイズ大会「マンオブ・シニア」&パーティーが東京で開催される。これには僕も発起人として名前を連ねているし、大会にも出場者として参加する。同窓会がてら、クイズの企画に、パーティーに時間のある方は是非ご参加いただきたい。

当時の思い出話を肴に語り合おうではないか!    

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機内ペーパークイズの謎

第13回ウルトラクイズの旅の中で謎のまま過ぎてしまったことがある。 そして、いまだに謎のまま。つまりは、永遠に真相は藪の中ということだろう。

それは何か。

僕の機内ペーパークイズの成績のことだ。

学生時代、僕は名古屋大学でクイズ研究会を興し、仲間とともにクイズにかけて日々研鑽を積んでいた。

当時、僕らのサークルには「問題製造機」の異名を取る仲野隆也という問題作成の猛者がいた。(彼は今ではクイズ番組などの問題作りのプロになってしまっている!)

ウルトラクイズの機内3択問題を模した3択問題を彼は毎週欠かさず100問ほど例会に用意してくるのだから、それは見上げたものだった。メンバーはそれに挑戦し、採点して発表するのがクイズの例会の恒例行事になっていた。 そのため、僕を筆頭に名大クイズ研メンバーの3択問題の成績は抜群で「3択の名大」の名を全国に轟かせていた。 p_report_20150729c

このころ、毎年12月には東京で学生日本一を決める「マン・オブ・ザ・イヤー」という大会が開かれ、僕は同じ大学の後輩らを引き連れ、参加していた。

この大会の第1次時予選は、ウルトラクイズの機内ペーパークイズ仕立ての3択クイズで、1986年と1988年の大会には、僕は予選1位を獲っている。(マンオブの予選1位を2回獲ったのは後にも先にも僕一人だ!)

1988年は同点の予選1位が、実はもう1人いて、それが長戸勇人だった。

やつはこの年、大会を制覇する。 とはいえ、この頃の僕はこの筆記3択形式のクイズには、ほとんど向かうところ敵なしと言ってもいいくらいの輝かしい実績を上げ、並々ならぬ自信を持っていたので、第13回ウルトラクイズの機内ペーパークイズの結果で、長戸勇人が1位と聞いたときには、正直がっくりきた。

それで、旅の最中に、何度かスタッフの人に機内ペーパークイズの成績を尋ねたことがあったのだが、はっきりした返事が返ってきたことはなかった。

10位くらいというような曖昧な答えが返ってきたことがあったが、どうひっくり返ってみても納得はいかない。

もし本当にそうだったなら、きっと採点ミスがあったに違いない。それほどまでにペーパー3択問題には自信があった。

30年近く経った今となっては、まあ、どうだっていいことなのだが。

それよりも、年末に開かれるマンオブ・シニア大会でもきっとこの3択ペーパークイズが行われるのだろうが、今となっては、反対にまったく自信なく、今から戦々恐々としている。

かつてのような予選トップは望むべくもないが、せめて予選落選だけは避けたいものだ。 果たしてどうなることやら???  

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ツインレイクスでトマト戦争–1989年9月22日

クイズの日。アメリカ本土に入ってからは1日おきにクイズの日がやって来る。

この日のクイズはトマト戦争。 トマトの砲弾が飛んで来る中を潜り抜けて走り、早押しボタンを押すというものだった。グアムの泥を抜けたら、もう汚れることはないと思っていたら、そうは問屋が卸さなかった。

問題が読まれ始めると、皆とりあえず早押しボタン前の塹壕まで走る。問題がよく聞こえないものだから塹壕の中で話し合う。 「今の問題、何?」 「わからん」 「XXXXXX」 「XXXXXX」 くだらん冗談なんかも交わす。 あの塹壕の中に集音マイクを仕掛けておけば、僕らの馬鹿話満載できっと面白かっただろうに。

問題すべてに走っていたら息が切れるので、わかりそうにない問題の場合は走らず休んだ。 永田さんに先着は許したものの、2抜け。まだ余裕はある。

負けたのはコアラ関根。いいやつだったが、残念だ。また、1人減って、いよいよ6人。

この日の泊まりはデンバーのホリデーイン。同室者は長戸。 デンバーは殺風景な都会で、ちらっと見ただけで、どこも出歩かず、ホテルで映画を見たが、3本ともつまらなかった。

こうして僕らの1989年のウルトラクイズの旅はつづく。

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LAからツインレイクスへ–1989年9月21日

移動日。

LAからデンバーまでは飛行機で移動し、そこからLeadvilleという町へ。

リードビル

昼食は立ち寄った店にて。食べたのはNew York Steak。ニューヨークまで行くぞという意気込みとともに。
泊まりはBig Westernというドライブイン。オーストラリアのモーリーと遜色ない田舎さ加減。つまり、何もない。
今宵の同室者は永田さん。トランプで大富豪して、ダベって寝るだけ。
アベ姉に続いて、仲良かった正木もいなくなって、淋しくなる。

こうして僕らの1989年のウルトラクイズの旅はつづく。

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