準決勝

27年前にウルトラクイズで答えた「タックスヘイブン」が…

パナマの法律事務所「モサック・フォンセカ」から流出した、いわゆる「パナマ文書」の問題で世界中が騒然となっている。パナマという「タックス・ヘイブン(租税回避地)」を利用して、大企業や大富豪らが課税を逃れていたという証拠の文書だからだ。

 

27年前の準決勝ボルティモアで答えた問題

そうした本質的な問題はさておき、27年前にウルトラクイズで準決勝ボルティモアまで勝ち進んだ際に、ちょうどこれに関する問題が出て、僕が正解を答えていた。

You Tubeで見返してみたが、我ながら、まあ、なかなかのいいところでボタンを押していたように思う。

 

ツイッター上で大反響

で、これが当時の視聴者の皆さんの記憶にも残っていて、ツイッター上で予想以上に多くの反応があったのには驚きを禁じ得なかった。

 

時事ネタ絡みだし…

まさにお祭り状態。それにしても、27年前だよ。

ホットな時事ネタ絡みとはいえ、みんな、よく憶えてくれているね。

これだけの話題なら、萩原津年武さんのブログでも採り上げられるかも。

それにしても、これだけたくさんの人に記憶に残っているというのは、いかにウルトラクイズが凄い番組だったかということだろうね。

  

 

決戦の前夜は静かに語り合い、自らの勝利を確信しつつ、眠りに落ちた–1989年9月26日

メンフィスから準決勝の行われるボルティモアまで移動する。

10:25 メンフィス発

13:20 ボルティモア着

宿泊ホテルはホリデーイン。同室者は長戸勇人。

昼食はホテル近くでハンバーガーを食べた。$4で20代の若者が腹一杯になるだけの十分なボリュームだった。

それから、夕食まで何をしていたのだろう?記録していないし、憶えてもいない。

夜は日本食レストランShogunでトメさんとの会食。 皆、明日にかける気魄を漲らせていた。

ボルティモア

夜、部屋に戻ってから、ベッドに潜りこみつつ、長戸と深夜遅くまで語り合った。
お互いに、自分が明日勝って、ニューヨークでも勝って優勝しなければならないということ。そうなる運命なのだということを、相手に静かに諭すように、しかしながら、情熱を込めて語った。
長戸も僕もお互いに背後にはこれまでの10年のクイズ人生が横たわっていたことを知っていたし、相手も手強いことを知っていたけれど、自分が明日の、さらには、ニューヨークでの勝者であることを確信していて、わずか微塵ほども疑いなどしなかった。
そうして、語り疲れて、僕らは眠りに落ちた。

こうして僕らの1989年のウルトラクイズの旅はつづく。

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ファンの皆様のご要望にお応えして、ショットオーバーの大声クイズをテーマに「帰れTシャツ」を作成、販売することになりました。現在、下記のサイトにてデザインを募集しています。デザインの腕に自身のある方は是非ご応募ください。
[「帰れTシャツ」デザイン募集のページ]
 <お知らせ2>  今年2015年の年末、東京でMan of the Year Seniorというクイズの大会及びパーティーを行うことになりました。これは私たちが学生時代に毎年年末に行われていた学生クイズ日本一決定戦のシニア版です。一般の方も見て楽しめる内容になると思います。 皆さん、是非お越しください。 開催日:2015年12月26日 開催場所:東京ウィメンズプラザ(渋谷区神宮前5-53-67) 詳細は公式サイトからどうぞ。FBページツイッターでも随時情報を発信しています。

メンフィスでは前日に引き続きクイズ、準決勝進出が決まり、緊張は頂点に–1989年9月25日

朝4時半出発。 一人部屋で寝坊してしまい、皆の顰蹙を買う。永田さんに起こされて急いで支度する。 6時25分デンバー・ステープルトン空港発。 9時50分メンフィス国際空港着。 空港に着いても、荷物待ちで昼ごろまで待たされる。待たされるのは、もう慣れっこになっている。 ようやく市内観光に出発。 どこかでクイズがあるのではないかという恐怖にも似た感覚と、新米ツアコン松田の下手な案内であまり楽しくはない。プレスリーの自宅に行き、塀の落書きを見て回る。落書きというのは世界共通で下品なものだなと感じた。

昼食にはレッド・ロブスター。とれたてのタチウオを食す。大味で今ひとつと感じる。 3時前にホテルに着くと、いきなり先輩ツアコン加藤さんからクイズの予告があった。予告されて待つというのも辛い。 なぜだか知らないが、僕らはてっきり5人で準決勝して2人通過だと思っていたから、精神的な重圧は半端ではなかった。 クイズ開始前のインタビューでも緊張のあまり舌が縺れ、言葉にならなかった。 だが、クイズのルールを聞いて、ちょっとだけ安心する。オーソドックスな早押しで落ちるのは1人だけだからだ。永田、長戸の両名には先着されても、田川、木村の東大勢には負けることないと思っていた

だが、展開は意外だった。 ダッシュ田川の異名を持ったター兄が猛ダッシュで押すわ、押すわ。まったく考えすぎてない。 永田さんはいつものペースだが、問題の難易度がやや高めだったせいか、押しのバカスカ加減はそれほどでもない。 長戸は押してはいるものの、苦戦気味で、あまりボタンがつかなかった。 結局、ター兄9点、永田さん8点、僕7点の3人が大接戦で、長戸は4点。木村の声が聞こえないと思ったが、やはり1点だった。 長戸は隣の木村がほとんどやる気もないのを見て安心し、暢気にやっていたらしかった。木村は途中で観念してしまったらしい。 だが、この結果、準決勝のボルティモアは誰が勝ってもおかしくない、壮絶な戦いになることだけがはっきりした。 トマト戦争が終わってからというもの、我々挑戦者のツアーの空気は、たとえばバスの中で皆バラバラに座っているときでも、張り詰めていたが、ここに来て、それは極限までに達した。

メンフィス

こうして僕らの1989年のウルトラクイズの旅はつづく。

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