メンフィスでは前日に引き続きクイズ、準決勝進出が決まり、緊張は頂点に–1989年9月25日

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朝4時半出発。 一人部屋で寝坊してしまい、皆の顰蹙を買う。永田さんに起こされて急いで支度する。 6時25分デンバー・ステープルトン空港発。 9時50分メンフィス国際空港着。 空港に着いても、荷物待ちで昼ごろまで待たされる。待たされるのは、もう慣れっこになっている。 ようやく市内観光に出発。 どこかでクイズがあるのではないかという恐怖にも似た感覚と、新米ツアコン松田の下手な案内であまり楽しくはない。プレスリーの自宅に行き、塀の落書きを見て回る。落書きというのは世界共通で下品なものだなと感じた。

昼食にはレッド・ロブスター。とれたてのタチウオを食す。大味で今ひとつと感じる。 3時前にホテルに着くと、いきなり先輩ツアコン加藤さんからクイズの予告があった。予告されて待つというのも辛い。 なぜだか知らないが、僕らはてっきり5人で準決勝して2人通過だと思っていたから、精神的な重圧は半端ではなかった。 クイズ開始前のインタビューでも緊張のあまり舌が縺れ、言葉にならなかった。 だが、クイズのルールを聞いて、ちょっとだけ安心する。オーソドックスな早押しで落ちるのは1人だけだからだ。永田、長戸の両名には先着されても、田川、木村の東大勢には負けることないと思っていた

だが、展開は意外だった。 ダッシュ田川の異名を持ったター兄が猛ダッシュで押すわ、押すわ。まったく考えすぎてない。 永田さんはいつものペースだが、問題の難易度がやや高めだったせいか、押しのバカスカ加減はそれほどでもない。 長戸は押してはいるものの、苦戦気味で、あまりボタンがつかなかった。 結局、ター兄9点、永田さん8点、僕7点の3人が大接戦で、長戸は4点。木村の声が聞こえないと思ったが、やはり1点だった。 長戸は隣の木村がほとんどやる気もないのを見て安心し、暢気にやっていたらしかった。木村は途中で観念してしまったらしい。 だが、この結果、準決勝のボルティモアは誰が勝ってもおかしくない、壮絶な戦いになることだけがはっきりした。 トマト戦争が終わってからというもの、我々挑戦者のツアーの空気は、たとえばバスの中で皆バラバラに座っているときでも、張り詰めていたが、ここに来て、それは極限までに達した。 19890925-3

こうして僕らの1989年のウルトラクイズの旅はつづく。

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コメント

  1. 角英史 より:

    メンフィスのこのホテルの鴨のことを、昨年もテレビ番組で紹介されていました。今も名物なのですね。妻にウルトラクイズの問題のルールになっていたことを伝えたら、笑われました。

  2. 角英史 より:

    すみません。鴨ではなく、あひるでした。人間に飼われている鴨はあひるですね。たびたびすみません。

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